奄美大島・大和村特産。花螺李(ガラリ)種のすもも
数多くの固有種を有する生物多様性の宝庫、鹿児島県の奄美大島。その中で、1,600人あまりが、それぞれに個性を持つ11の集落に暮らす大和村(やまとそん)。心洗われる夕日、絶景でも人はまばらな岬、初めてでも懐かしい、人の暮らしの佇まい。そんな大和村の特産品として筆頭にあげられるのが「すもも」です。一般に知られるアメリカ原産のプラムとは品種の異なる花螺李(ガラリ)種で、「奄美プラム」とも呼ばれます。大和村が生産量日本一を誇るこのすもも、収穫時期は5月下旬からのほんの短い間。デリケートで日持ちがしないため、九州以外で出回ることは珍しい貴重な果物です。現在大和村では、すももを地域おこしの主役にしようと奮闘中。数年前から皇室への献上も行い、「村をあげて品質向上に取り組んでいる」と熱く語るのは伊集院幼(げん)村長。村を愛する生産者の皆さんにも、お話をお聞きしました。
村ではおなじみ。爽やかな、初夏の味覚
すももはその名もさることながら、小ぶりな果実は姿も愛らしい。割ると驚くほど真っ赤な果肉がキラキラ光ります。貴重とはいえ、日本一の生産量を誇るだけあって、村では身近な果物。人によって、えぐみの残るはしりの時期のがいいとか、樹上から甘い香りが漂うほど完熟したのがいいとか好みが分かれ、それぞれに一家言ありそうです。
収穫が始まる時期が梅雨と重なるばかりでなく、ちょっと虫がついても、傷が入ってもダメ、さらには収穫前に台風が来たらもうおしまい、という手のかかる箱入り娘のすもも。近年、主婦歴ウン十年の村の女性たちが加工品の開発と生産に着手。こだわりの材料で、添加物を使わず、箱入り娘の新たな魅力を引き出しています。
「すもも」は村おこしの主役。
これからどんどん、しかけてゆきたい。
(伊集院村長)
島には仕事がない。大和村からも、若い人はみんな出て行ってしまう。けれど戻りたい人もいっぱいいるんですよね。私自身、出張に行っても早く帰りたいと思うくらい村が好きです。だから、皆がここで生きてゆけるよう、地盤づくりがしたい。私は村長になる前から、すももが村おこしの起爆剤になると思っていました。昭和20年代に台湾から苗が持ち込まれて、ここの風土が合っていたんですね、花螺李(ガラリ)種のすももの生産は大和村が日本一です。栽培する人の高齢化と、2010年の記録的豪雨の後遺症と見られる樹勢の低下などによって、近年生産量が落ちてしまいました。かといって今後も、収量をどんどん増やしてゆく路線は無理があるから、オーガニック栽培で品質にこだわり、少量でも農家さんの収益性を上げられるよう、行政も後押ししたいのです。イートインコーナーのある道の駅をつくって、すももの加工品を使ったメニューを置くことや、耕作放棄地をすもも園にして、すもも狩りをできるようにしたり、外部のオーナー制度を設けるなど、近い将来に実現したいことはいくつもあります。
ないものねだりをするのではなく、
この地域でできることの掘り起こしをするのが大事。
大和村は、人と自然が自慢の小さな村。あえて大きなことはしなくてもいいと思っています。例えば雇用の問題でも、大きな会社の誘致なんて望むべくもないですし、一発逆転を夢見て、ないものねだりをしてもダメ。小さいなりの魅力を大事にしながら、地域でできることを見直すほうがいい結果を生む時代でしょう。そのひとつがすももですね。皇室に献上したり、おいしい加工品の開発が進んで、農家さんの士気も上がってきたんじゃないかな。大和村には風光明媚なスポットもあるし、アマミノクロウサギやウミガメといった野生動物もいます。豊かな自然あっての財産なので、こわさないようにしながら、すももをきっかけにした観光にも力を入れてゆきます。離島とはいえ、奄美大島はアクセスに恵まれているほう。「離島だからできない」なんて言ってたら罰が当たる!頑張って、小さくてもできるところを見せたいです。
大和村の村長室はガラス張りです!
これからの行政は、既存のやり方にとらわれてはいけません。私が村長になって最初に着手したのは庁舎改革。村長室をガラス張りにし、役場の入り口から見えるようにしました。入って来た村民と目が合うの。まさしく「顔が見える」。それから、総合案内を設置して、職員が笑顔で対応するようにした。こうしたひとつ一つが双方の意識を変えるんですよ。行政は地域のリーダーであるべき。村民のためになにができるかを真剣に考え、意見を吸い上げて、行動に起こすこと。肌で感じることを大事にしたいので、私自身も現場主義です。動いて、汗をかきたいタイプ。すもものことも、JAに任せきりにはしませんよ。また、東京などに出張の際は、できるだけ大和村出身者に会って情報交換しています。今は村外にいる村民も大事にしたいし、井の中の蛙にならないよう、外からの目線を取り入れながら、帰って来たくなった人にはいつでも帰って来てもらえる、強い地域にしてゆきたいです。
内山農園 内山豊秀さん
80歳を超えた今も、ほとんどの作業をひとりで行う、村では知られた果樹の達人で、すももと、鹿児島名産のたんかんを、手間を惜しまず栽培している。農家歴は30年。前職は素潜りの漁師で、血圧の関係でドクターストップがかかったため転身。さらにそれ以前は、精米の仕事や、伝統の大島紬の生産に携わっていたというユニークなご経歴の持ち主。絵に描いたようなきれいな果樹園でお会いしました。
果樹が真っすぐに並んでいるほうが、やる気が起きる?
—お邪魔してまず、きれいな果樹園だなぁ、と思いました。なんというか、整然としています。
内山さん:木が真っすぐきれいに並んでいるほうが、やる気が起きるの。曲がって植わっているとどうもね…。
—そうなんですか…!几帳面でいらっしゃる。全体にかかっている防鳥ネットも、たわんでいる所がなくてきれいです。このネットも、もしかしてご自分で?
内山さん:そう、ひとりでやりました。3日くらいかかったかな。
—す、すごい!ひとりでなんて、ちょっと想像がつきません…。
内山さん:すももにはアオバトがくるの。たんかんにはヒヨドリがきてね、ヒヨドリは下からも入ってくるから、全部覆いつくさなきゃならないからさらに大変。息子が手伝ってくれると言うんだけどね、一緒にやるとケンカになるからひとりのほうがいいんですよ。
—ケンカに…(笑)。
内山さん:そう。ひとりでやったほうが、思い通りにきれいにできて、帰ってからおいしい晩酌ができます。
すももは手がかかるだけに、無事に収穫できたときの喜びが大きい。
それで村にお金が落ちるのも嬉しい。
—あはは!そうですか。すももはデリケートで、栽培がたいへんだと聞きます。内山さんの几帳面さも大事なんでしょうね。
内山さん:すももは、小さな実のときにちょっとでも傷ついたら大きくなってもダメ。実と実がぶつかって傷つかないよう、摘果※を二度三度繰り返して、ついた実の半分くらいは落とすんです。虫や鳥の被害もあるし、神経を使いますね。収穫間近に、全部台風にやられたこともあります。それだけに収穫できるときは本当に嬉しいですよ。
—収穫の喜びが増すんですね。
内山さん:それで高値で売れたら、さらに嬉しいです。外貨が大和村に入るのが嬉しい。
—大和村愛ですか。
内山さん:ふるさとだもの。ここが一番ですよ。大和村の人には、人情味と思いやりがある。よその人ともすぐに仲良くなりますよ。
—Iターンなどの形で、外から人が入ってくるのはどう思いますか。
内山さん:いいこと。内地の習慣が入ってくるのもいいことだから。それに、人がいないと淋しいので、人口が増えてほしいです。
※果実が幼いうちに間引いて、残した実に栄養を行き渡らせて大きく育てるための調整作業。