キラリと光る会社
晋弘舎

晋弘舎

晋弘舎イラストイメージ

長崎県は五島列島、佐世保からフェリーで2~3時間の小値賀(おぢか)島。晋弘舎は、この島の、父娘ふたりの小さな印刷所。遣唐使船が来航し、捕鯨の基地でもあったことから栄華を誇った小値賀島で、前進は総合商社だったといいます。いったん島を出て大学でデザインを学び、東京の編集プロダクションに就職した四代目の横山桃子さんは1988年生まれ。三代目で父の弘蔵さんは、自分の代で印刷所をたたむつもりでいたそうです。
キラリと光る会社第4回「番外編」は、知る人ぞ知る、小値賀島の活版印刷所、晋弘舎の、小値賀を愛し、家族を愛するおふたりにお話をお聞きしました。

晋弘舎公式サイト

三代目で終わらせるはずだった印刷所

—私たちの名刺も実は活版印刷※1です。近ごろ静かなブームですよね。

桃子さん:そうなんですよね。うちはブームとは関係なく、たまたま活版が残っていたのですけれど。

弘蔵さん:先代のときまでは、印刷といえば活版でした。時代が変わってオフセット印刷が一般的になり、私の代になってからは、うちでも導入しました。活版印刷は、私にとって特別な思い入れの対象であったことはなく、道具として、手段として、使い続けていただけ。活版だからどうの、なんて思ったことはありませんでした。

—ところが、島を出ていた桃子さんが、活版の魅力に気づく。

桃子さん:私も、子どもの頃はまったく興味ありませんでしたよ。魅力に目覚めたのは、デザインを学んでいたときです。表情がひとつじゃないし、手づくり感があるでしょう。

—三代目としては、娘さんが活版に魅力を見いだして、島に戻って後を継ぐとは思っていなかった。

弘蔵さん:全然思ってませんよ。晋弘舎は島の印刷所として長らく機能してきましたけれど、未来のある商売じゃないでしょ。継がせるだなんてとんでもない。自分の代で終わらせるつもりでした。

※1 ルネッサンス期の三大発明のひとつにも数えられる印刷の原型で、鉄や木製の活字を、はんこのように直接プレスして印字する。現在は、印刷速度が速く、大量のカラー印刷に適したオフセット印刷が主流。

三代目弘蔵さん

話題豊富で饒舌、脱線して飛び出すお話も楽しい三代目。

島に戻りたい娘、戻ってくるなと父

桃子さん:両親そろって大反対ですよ。そこまで反対するかっていうくらいの猛烈大反対。

—猛烈大反対!

弘蔵さん:いや、私は子どもに自由に好きなことさせる方針ですよ。そこはブレたことはない。ただ、晋弘舎を絶やしたくないから継ぐとかね、生活のための家業として継ぐとか、そんなんだったら冗談じゃないと思ったんです。

—四代目の桃子さんとしては、そういうことではなかった。

桃子さん:活版印刷の魅力に気づいて、可能性を感じたのがひとつ。もうひとつは、私はとにかく、小値賀に帰ってきたかったんです。小さな頃からずっと地元が大好きで、島を出てからというもの、片思いの恋人に焦がれるように、小値賀を想ってました。だけど親は、帰ってくるな、外を見ろと強硬で…(笑)。

弘蔵さん:やみくもに反対してたわけじゃないよ。だって小値賀を愛する気持なら、私こそ負けてない。こんないいところないと思ってますからね。だけど、若いんだから、外の世界を経験するのも大事なことでしょう。ただ島に戻ってくればいいということはない。島でなにをしたいかですよね。

—はい、ごもっとも…。

桃子さん:私は晋弘舎で活版印刷がやりたかったけれど、そんなことを言っても通用しないと思いました。とはいえ、仕事もないのに戻ってくるのは絶対に許してもらえない。だったら公務員試験を受けろと言われましたけど、まずは、おぢかアイランドツーリズムに受け入れてもらって、なんとか帰島を果たしました。

四代目桃子さん

線が細いようでいて、しっかり自分を持っている四代目。

島の印刷所の物語を選んでくれるお客さんと

—それでも次第に、活版印刷において四代目がしたいことを、三代目も理解するようになるんですね。

弘蔵さん:娘は大学でデザインを勉強して、活版印刷をひとつのアートとして見ているんだとわかったんですよ。この子にとっての活版は、自分にとってのそれとは違う、現代版活版印刷なんだと。自分と同じ次元でやるのだったら絶対に継がせはしなかったけれど、自分と違う感性と世界観で、新しいことにチャレンジしようとしているのならば、やらせてみようと思いました。

—四代目が始めて以来、全国から活版の名刺の注文があるんですよね。

弘蔵さん:そうそう、島を訪れた人がここに来て注文してくれて、そこから口コミで広がったり、面白いものですね。いろんな人がいますよ。ノルウェーから来た人が注文してくれたこともありました。活版の醸し出す雰囲気に、伝わるものがあるのでしょうかね。

桃子さん:ひいおじいちゃんが、昔うちでつくった名刺を使っていたといって、佐世保から革靴の職人さんが来てくれたことがあります。その方はまだ十代なのですが、すっごくお洒落で、落ち着いていて。自分の名刺もここでつくりたいと、わざわざ足を運んでくれたんです。嬉しかったなぁ。

—うわぁ、素敵ですね。こだわらなければ、家庭用のプリンターでも、ちゃちゃっと名刺ができちゃう時代。格安のネット注文も簡単にできる世の中で。

桃子さん:そうなんです。それでも、ここを選んでくれる人たちがいます。私はそういうお客さんと、一生つき合える印刷屋さんになりたいんです。小値賀が好きだとか、五島列島に思い出があるとか、縁があって頼んでくれる人たち。そして、この小さな印刷所の物語を選んでくれる人たちです。名刺のほかに、結婚式の招待状、子どもが誕生したとき。人生の節目で使ってもらえるような印刷物をつくって、末永くおつき合いしたい。そういう思いを込めて、納品の際には必ず感謝の手紙を添えています。そして一緒に、組版※2の写真も同封します。名刺に印字するお名前には、二代目の、おじいちゃんの頃の活字をできるだけ入れるようにしていて、それはオフセット印刷にはない活字なんです。そのことも書いて説明して、こうやってできているんですよって、写真でも伝えるんです。

※2 活字や図を並べて配置し、版を組むこと。

組版

活版印刷では、機械も活字もすべて、本当に絵になる。

活版は深い。どれだけ向き合えるかが勝負

—なんて素敵なんでしょう。四代目、ものすごくしっかりしていらっしゃるじゃないですか。

弘蔵さん:自分の感性では娘のようなことはできなかったから、その点は認めています。感心しますよ。あとは技術ですね。

—やはり活版は難しいですか。

桃子さん:難しいです。私は現在、名刺のような小さなものだけやらせてもらっていますけれど、それ以上のものになると、技術的にまだまだです。

弘蔵さん:習得するのに時間のかかる仕事なんですよ。活版というのは、私にもいまだに気づきがあるくらいに深い。鉄も微妙に伸び縮みしますからね、気温や湿度によって、つまりは日によって変わってくるんです。それぞれの活字、インク、版の違いも勘案して行う仕事。お客さんだってひとり一人違いますしね。だから“向き合う”作業です。仕上がりも、お客さんの反応も、どれだけ向き合ったかに左右されます。

—すごい。三代目がアートとおっしゃいましたけど、職人としての基礎もかなり必要なんですね。

桃子さん:そこが魅力でもあり、難しいところでもあります。精進が必要です。

職場

ここがふたりの職場。活字棚から活字を拾う四代目。

大好きな小値賀を盛り上げたい!

—四代目のやる気と感性が、新しい晋弘舎をつくっていくのが楽しみですね。

桃子さん:活版印刷という、私ができることを通して、少しでも地元を盛り上げるのが目標です。島の同級生の多くは、「こんなところにいてどうする」と大人に言われて島を出ました。だけど私は、一度外に出てみても、小値賀の良さを思い知るばかり。大好きな大好きなふるさとです。人口は減り続け、仕事もないし未来がない、「こんなところ」と言われて、悲しすぎます。Iターン、Uターンの、同じ思いの人たちが増えてきたので、一緒に小値賀の魅力を発信してゆきたいです。

—そんなに愛せるふるさとがあって、そこに暮らしているなんて、うらやましい…。

桃子さん:半分はすり込みかもしれません(笑)。うちでは小さいときから、なにかといえば父が小値賀の自慢ばかり。父の今の小値賀自慢の筆頭は、仲間とつくったゴルフ場です。本当は、晋弘舎の取材は受けないと言うんですよ。ゴルフ場のことだったらいくらでも話すけどって。

—えぇ~、そうなんですか!?

弘蔵さん:そうそう。全部自分たちでつくって、管理もしてるの。すごいよ、素晴らしくてびっくりしますよ。5ホールだけど、本格的。海越えショットあり、OBは東シナ海!絶景の、小値賀のセントアンドリュースです。メンバーは月2,500円でプレーし放題、ホールインワン賞は島の店の焼き鳥1万円分、プレーのあとはドラム缶風呂なんてのもときどき。私は毎日、仕事の合間に行ってます。都会ではありえないでしょう。金持ちのものじゃない、これぞゴルフの神髄ですよ。小値賀は最高です。

桃子さん:ゴルフ場の話は聞き飽きましたけど、小値賀は最高です。

三代目弘蔵さんと四代目桃子さん

三代目、「写真は嫌だ」と言いながら、ちゃんと(うっすら)笑ってくれました。

編集後記

三代目自慢のお手製ゴルフ場は、まさに絶景で、驚きの立派さでした。「小値賀のセントアンドリュース」と聞いたとき、笑ってごめんなさい。
ゴルフ場はさておき、活版印刷は、素敵です。その印刷機に、並ぶ活字に、こころ奪われます。長い歴史を刻んできた晋弘舎の佇まいもまた、ずっとそこに居たくなるような魅力を漂わせています。ですが、なによりも、こちらの親子にノックアウトされてしまいました。印刷所と棟続きのご自宅で、囲炉裏でイカを焼き焼き話してくれた四代目の桃子さん。芯の強さが伝わるまっすぐな目で、りきみを感じさせない自然体。コワモテかなと思いきや気さく、愉快なお話も哲学的なお話も、どんどん出てくる三代目の弘蔵さん。同じ空間にいて、父娘の間の照れはあるのかないのか、どちらも気負いなく、ご自分の言葉で思いを表現してくれました。
取材のあと、ご家族の歴史も教えてくれました。私が映画監督であったなら、このご家族の物語を撮りたいです。いろんな個性の家族があるけれど、「これが家族というものだ」と思わせる、圧倒的な力を感じました。こんな人たちに愛されまくっている小値賀は、その一点においてのみで判断しても、いいところに違いないと思います。(2014年3月取材)

小値賀町は、当サイト「キラリと光るまち」でも紹介しています。キラリと光るまち05 小値賀町はこちら

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