山梨県南巨摩郡早川町
南アルプスの山々に囲まれた、日本で最も人口の少ない「町」。そのほとんどが山林で、地形は急峻。戦後は林業のほか、豊富な水資源を生かした水力発電で発展したものの、時代の波で人口の減少が進みました。良質な温泉が湧き出るほかは、これといった産業もなく、ひっそりと静かな早川町、江戸時代の宿場町の面影を残す赤沢宿※には、春の初めに福寿草と節分草が咲き誇ります。
キラリと光るまち第1回は、早川町の辻一幸町長にお話をお聞きしました。
※身延山と七面山を結ぶ巡礼のための参道にある集落で、かつて参拝客の宿場町として栄えたところ。石畳の古い町並みが続き、平成5年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。赤沢宿について詳しくはこちら
行き止まりの町に訪れる大きな変化
—早川町は、日本で一番小さな町なんですよね。
辻町長:そう。50年以上前に、このあたりの村々が合併して町になった。それ以来「町」ですが、高度経済成長のなかで人がどんどん流出して、現在は約1,200人のみです。名ばかりの「町」になってしまいました。だけど、町民は平成の大合併のときに独立を選んだんです。
—その町民の皆さん、過疎の町にあって、元気だと聞きます。
辻町長:明るく元気。前向き。そうでなくちゃね、やってられないような町だけど、やっぱり何よりの財産ですよね。ここは言ってみれば行き止まりの町です。山あいにあって、大雨が降れば寸断される県道がひとつ。しかも町を通り抜けられません。これだけアクセスが悪いと、人と人との交流が活発になりようがなくて、発展からは取り残された。だけど、住む人同士の信頼関係は大きな町には負けません。誇れますよ。
—その「行き止まりの町」に、変化が訪れている。
辻町長:中部横断自動車道の完成が間近に迫っています。私たちの町にも、高速道路の時代がやっと訪れます。そしてもうひとつ、リニアモーターカーの建設も始まる。この山あいの町にすると、信じられないような変化なんです。リニアそのものが良いか悪いか、それは別の話ですよ、賛否両論あるのは当然だと理解しています。でも、あのような世界の最先端の乗り物が、この寒村を通る。都会の人にはわからないかもしれませんが、私たちは、そういうことを大きな希望としなくては。
それでも、環境共生型の社会を叫びたい
—辻町長は、森林の整備や、水力発電の推進を訴えてきたんですね。
辻町長:早川町はその96%が山林です。昔は林業が盛んでしたが、今は町が森林組合をなんとか支えている状態です。うちだけじゃない、日本中、こうした町や村はたくさんあります。地元の自治体だけでどうにかやれるものでも、やれれば良いという問題でもないでしょう。この地球温暖化の時代にあって、これだけの森林資源を活かせないのは、どういうことだろうと思いますよ。水力発電もしかりです。何度も何度も国に訴えてきましたが、誰も耳を貸そうとしなかったですね。水力なんて要らないと、相手にもされなかった。3.11の原発事故があって以降、少し関心が高まってきましたが、これまでどれほど空しい思いをしてきたかわかりません。環境問題のことも、地方や農林水産業の衰退のことも、国が本気で考えているとは思えませんね。ほとほと嫌になるときもありますが、かといって何もしないわけにはいかない。全国の、同じ思いでいる自治体とつながって、その先頭に立って、多方面に働きかけています。
—ずっと、自然と共に生きることをテーマにしてきたのでしょうか。
辻町長:地球規模の環境問題のことを持ち出すまでもなく、このような環境に暮らしていれば当然ですよね。豊かさとはなんなのか、ということですよ。私は、自然の恵みと、人のふれ合いを大事にすることだと思うのです。うまい水と空気があって、そこにいきいきと暮らすことができたらどうですか?お金とモノ、経済ばかりを追い求めてきて、人は幸せになりましたか?早川町は、東京の品川区と交流を続けてきていますが、品川区は20平方キロの面積に35万人が住んでいる。対する早川町は370平方キロで1,200人です。考えようによっては贅沢でしょ。自然に囲まれて、あくせくもせず、豊かだと思いませんか。
住んでいる人が幸せならば、そこはいい町
—豊か、だと思います。豊かさに対する価値観は人それぞれですが、辻町長のおっしゃる豊かさに共感をおぼえる人は多い気がします。
辻町長:私たちは、貧しいけれど、いきいきと暮らしているという自負があります。過疎化は確かに問題です。ですが、10万人の人がいたって、その人たちがみんなストレスを抱えていたらどうです?例え1,000人になったって、500人になったって、そこに暮らすみんなが幸せだったらいい町じゃないですか。ここにいるとそうやって開き直るしかないとも言えますけれどね(笑)。
—人口は少なくても、みんなが幸せだったら…その通りですね。でもやはり、町に子どもの声が聞こえなくなったとしたら、淋しいのではないでしょうか。
辻町長:早川町は山村留学の費用の全額を負担している日本で唯一の自治体です。学校がなくなるということだけはなんとしてでも避けたいですから。地域に学校がないと、暮らす価値がないというのが私の考えです。だからそこには、ないお金も投じます。子育ての環境づくりにも、できる限りのことをしたい。私は、この町で、お金のかからない子育てをして、みなさんに蓄えをつくってもらいたいと思っています。自然豊かで、いじめもない、そんな早川町に価値を感じてくれる人たちがここに住みにきてくれるなら、町をあげて歓迎します。
—町民のみなさんも、移住者を歓迎してくれますか。
辻町長:ここにはもともと、新しいものを受け入れやすい風土があるんですよ。昔は活発に、木材と、水力発電の電気を外に送り出していたから、行き来があったためでしょうね。私は、かつて早川町に住み、出て行った人も、みんなが町民だと思っています。今どこにいてもです。これといってなにもない、山梨名物の桃やぶどうだってないところだけれど、南アルプスの麓のこの町を、故郷だと思ってもらいたいです。
昭和12年早川町生まれ。赤沢宿で手打ちそばを提供する「そば処 武蔵屋」を切り盛りする。
私は早川町の赤沢で生まれ育ちました。ここ以外は知りません。だけど、ここが大好きです。いいところですよ。昔はね「もらい風呂」しに近所の人たちが何人も来たりしたもんですよ。やれお団子つくったから、さつまいも蒸かしたからといっては家に呼んだり、行ったりね。囲炉裏を囲んで楽しくおしゃべりしましたね。その頃から、人の感じは変わっていないですよ。誰に会っても挨拶するし、あったかいんです。町長さんもいいでしょ。分け隔てなく人に接するので、好かれるんですよ。
おそば屋さんでの仕事は、外から来たいろんな人に会えて楽しいです。田舎の店だからなんでもいいと思っちゃだめだって、一緒に働くみんなでマナーも勉強しています。インターネットの書き込みも見ます。見ては喜んだり反省したりです。
杉山さんに会えるお店【そば処武蔵屋】はこちら
編集後記
大きな道路も、リニアモーターカーも、時代に合わないと思っていました。それを、辻町長のお話を聞いて考えさせられました。「国は農業も林業も切り捨て、田舎も、モノではなく人間中心の社会も切り捨ててきた、自然環境と共に生きる道をも捨ててきた、それによって誰が幸せになったのか」町長のそんな問いかけに深くうなずきながら、では自分は、どちら側にいたのだろうかと考えました。そして、あぁ、私は、何もわかっていないんだと思いました。少しも偉そうでなく、人なつこい印象すら与える辻町長は、こんな人が、わが町のリーダーだったらいいのに。と思わせる方でした。(2013年10月取材)