山形県大蔵村 羽賀だんご店

朝市やこけし、最近はアートな灯籠も名物になりつつあるだろうか。肘折(ひじおり)は、山形の豪雪地帯にある、味わいある温泉地です。湯治客への配達も多いという、「羽賀だんご店」は、スルーしがたい店構え。入ってみると、想像していたより若いご主人がやっていらっしゃる。羽賀浩人さん、創業45年になるお店の二代目なのだそうです。農業王国の山形県、いまは少なくなったそうですが、田植えが終わったあとの早苗饗(さなぶり・お祝いして神様に感謝する行事)で、餅を食べる習慣があるのだそうです。いや、聞けばそもそも山形の人たちはよく餅を食べるのです。特にこのあたりの人たちは、餅を、「飲む」のだそうです。え?

あんこ餅も食事。山形の餅食文化

喜びを隠し切れない餅好きのみつばち1号。

宿のお部屋に置いてある案内で、お餅を注文できることを知りました。

羽賀さんそうそう。このあたりの人は昔から、大きな仕事のあと肘折温泉に来て、餅を食べるんです。

へー。特別なときにはお餅を、ということでしょうか。

羽賀さんいや、餅自体は日ごろからよく食べますね。

日ごろからよく食べて、大仕事を終えたあと温泉に来ても食べる。

羽賀さんそうなんです。

おいしさの秘密は「肘折の水のよさ」ではないかと羽賀さん談。「だいたいどこへ行ってもうちのほうがうまいなと思う」そう。実際うまい。うまい!

でも温泉の食事って、すごくお腹いっぱいになるイメージです。かくいう私も、宿の案内に惹かれながらも、おやつに食べられるほどの余裕がお腹になくて。

羽賀さんあぁ、それで言うと、このへんの人たちは、おやつというより食事として食べるんですよ。

え?では、宿で食事は付けずに?

羽賀さん中にはそういう人もいますね。うちの餅を毎日注文されるお客さんもいますから。餅のデリバリー、肘折ではピザより早く届きます(笑)。

おお。それにしても毎日!

羽賀さん山形では食事ですから。甘くても食事。お彼岸に食べる、春のぼた餅、秋のおはぎ、あれも、朝ごはんに食べたりします。

それは軽くカルチャーショックです。和菓子屋さんで売ってますし、完全にお茶の時間のものだという認識ですが。

羽賀さん食事です。

「このへんでは餅を飲む人が多いので」

人気があるのは、あんこ餅ですか?

羽賀さんあんこも人気ですけど、一番はやっぱり納豆ですかね。山形には納豆汁という郷土料理もありますしね。納豆は大事です。

羽賀さんの納豆餅は、納豆の粒が少なくて、ダシ醤油の量が多いですけど、これはオリジナルですか。

羽賀さん県内には納豆をからめるだけの納豆餅もあるんですけど、このへんでは餅を飲む人が多いので、たっぷりのダシ醤油が重要なんです。

飲む?

羽賀さん餅は飲むものだとふつうに言う人が、特に年配の人には多いですね。

は??飲むって、そんな。年配の人ならなおさら危険じゃないですか。

羽賀さん納豆とダシ醤油で喉越しがいいですから、一口サイズの餅はトゥルッといけるんですよ。その食べ方での事故は聞いたことないんじゃないかな。切り餅とかを噛み切ったときの断面の、ねばってるところが喉にくっついて危険なんだと思うんです。それに、いつも飲み慣れてる人は、万一のときにどうすべきかも知ってますからね。

えーーーっ、喉越しいいって、蕎麦じゃないんですから…。衝撃。安全だとして、丸飲みしたらあっという間になくなってもったいないようにも…。

羽賀さん噛むと、「そういうもんじゃない!」って怒る人もいますよ。昔から、喉越しを楽しむものだから、噛んだら台無しだって。

上部左から時計回りに、あんこ、納豆、くるみ、ついてくるたくわん、ずんだとごまのお団子。

1個1秒で飲む!? 衝撃の納豆餅

うう…。こちらのメニューにある納豆餅の写真、個数がどうも多いなと思ってたんですけど、もしや…。

羽賀さん1個1秒くらいでなくなりますから。昔は餅を一升(10合)平らげてたと語るようなお年寄りもけっこういます。満腹中枢に届く前にお腹に入れちゃうからでしょうね。

し、信じられません。量もですが、これ飲むって、やっぱり勇気のいる大きさですよー。

羽賀さん家庭では、一つずつがうちのよりもっと大きめなところのほうが多いですね。ここからちょっと行った河北町の溝延地区というところには、餅を飲むという郷土の伝統を守る保存会があって、年配の方々なんですけど、二つ一緒に飲む達人もいますよ(笑)。

最近聞いたことの中で一番びっくりしています。羽賀さんも、飲むんですか?

羽賀さんやれるけど、やらないですかね。私自身はどちらでもいいです。

いまは主にお年寄りの食べ方なんですかね。

羽賀さんそうですね。僕がものごころついたころから、餅を飲んでる人はいましたけど、その人たちが高齢化してきた感じでしょうか。餅自体、昔はもっと食べてたでしょうし。

たまたま来店されたお客さんに、裏を取ってみる

カルチャーショックに震えながら、お店に入っていらした四人組のお客さんに、裏を取ってみる。寒河江市からいらしたそうだ。保存会がある河北町も近い。

あのー、お餅はよく召し上がりますか。

お客さん食べるよ。

食事として。

お客さんそう。

よそから来た私たちの感覚だと、特にあんこ餅のような甘いのは、食事じゃなくてデザートというか、お茶の時間のおやつというか。

お客さん食事、食事!順番も、あんこ餅から始まって、納豆餅、そのあと雑煮で食べたり。

おお…。それを聞くと、あんこ餅がデザートカテゴリーではないことがはっきりします。ところで、納豆餅は飲みますか?

お客さんあぁ、飲むね。飲む人多いよ。

やっぱり…。

お客さんあはは。珍しいか。都会の人は、生餅なんて食べることないでしょ?

はい、つきたてのお餅ですよね?すごくおいしいと思いますが、なかなか、食べる機会はないです。

お客さん真空パックのしか食べたことなくて、餅を好きじゃないって言う人もいるでしょ。もったいないよね。山形でも正月以外は食わなくなってるからな、「食事に餅」の文化は守りたいですよ。

羽賀さんね。

人気はやっぱり納豆!

編集後記

よく、「世界にはまだ私たちの知らない…」という言い方をしますが、山形にも、それ、ありました。餅を飲むだなんて、そんな離れ業めいたこと、最初はなにかの行事か大会かと思いました。文化でした。ひとしきりお聞きしてから、意を決して挑戦すると、確かにトゥルッといきました!一皿数十秒で「ごちそうさま」するのは忍びなく、ほとんどは噛んでいただきましたけど、“喉越し”の意味はわかったような(笑)。
肘折は3メートルにもなる豪雪地帯。羽賀さん、4月半ばまでの冬期はお店を閉めて、大型の除雪車に乗るお仕事をしているそうです。若いころは出たかったけど、いまはここを気に入っているとおっしゃる。「冬もいいですよ〜」と。何気なさに心休まる肘折温泉、お越しの際はぜひ羽賀だんご店に。飲んでも飲まなくても、納豆餅、最高です!(2019年10月取材)

※羽賀だんご店は2020年6月現在、月1〜2回、日曜のみの営業を予定しているそうです(連休等は営業)。来店の際には肘折温泉羽賀だんご店公式ツイッターFacebookページ等で事前にご確認ください。