鹿児島県奄美市 ムカデ競争

「島のムカデ競争はすごいですよ」。初めてそう聞いてから数年、一度この目で見てみたいと思っていました。奄美市民体育祭でのその動画には、足がつながっているとはにわかに信じがたいスピードで、トラックを走り抜ける人たちが映っています。「真剣なんですって!大の大人が猛練習するんですよ!」と熱心に教えてくれる人もいます。「へー!見てみたい」と口にしながら、それでも私たちは、これほどだとは思っていませんでした。実際に見てから言わせてもらうと、そもそも奄美市民体育祭の気合の入り方は、明らかにどうかしています(笑)。驚きを超え、呆気にとられる観戦記です。

“ゆかい”じゃなかった、奄美市民体育祭

11月10日日曜日の朝。まだセミが鳴く奄美の秋晴れの空の下、たくさんの車が名瀬運動公園陸上競技場を目指して集まってきます。誘導をするスタッフさんの数も充実しています。受け取った第12回奄美市民体育祭のプログラムによると、幼稚園児から、“60歳以上”とある競技まで、8つの地区対抗で争う35種目って、それだけでびっくり。見慣れぬものも多い競技名を目で追うと、あったあった、「男子ムカデ競争400mリレー」!記載されているこの競技の記録は1分15秒9。え?400mリレーですよね?速くないですか??

前日、この体育祭の委員長で、体育協会理事長の岡山嗣夫さんにお話をお聞きしました。その結果、キラリspecial『ゆかいなローカル』の取材で訪れた私たちですが、だんだん、「これ、ゆかいじゃないんじゃないか」という疑念というか、不安がふくらんできたのでした。

あのー、私たちはこれ、そうは言っても地域のほのぼの運動会だと思って来たのですけど、なんか奄美では、そういうのじゃないんですかね?

岡山さんそうですね。遊びじゃないですね。

(撃沈)

この体育祭の生き字引的存在の岡山さん。当日の実況でもお馴染み。

岡山さん昔はレクリエーション抜きの陸上競技大会だったんですよ。この体育祭は、合併して奄美市になってから数えて12回目なんですけど、地区ごとにやっているものは、昭和の時代からもっとずっと長く続いていまして。いまはその地区ごとの大会が事実上の予選のような感じになっています。奄美は大人の体育が盛んなんですよ。年間スケジュールに体育関連のものがかなりありますからね。その中でも奄美市民体育祭は、国体並みとも言われています。

国体、ですか。私たち、ムカデ競争がすごいとだけ聞いて、楽しみにやってきたんですけど。

岡山さんムカデ競争はなんといっても花形ですよ。

おぉ、花形!

岡山さんそう。毎年みんな注目してますからね。リレーの、ムカデ(※ここでは足をつなげる頑丈なゴム紐のことで、みんな当たり前のように「ムカデ」と呼んでいる)をつなぐところがポイントですね。あそこをスムーズにできるかどうかでタイムが大きく変わってきます。

熱心に練習していると聞きました。

岡山さん上方(かみほう)地区がとにかく強いんですけどね、ずいぶん長いこと練習してると思います。責任が伴いますし、注目されてますから、プレッシャーですよね。

責任が。

岡山さん一昨年失敗しちゃって下方(しもほう)地区が勝ったんです。大変でしたよ。去年は上方がその雪辱を果たしました。

やっぱり真剣なんですね。

サイズや材質が規定を満たしていれば、あとは工夫次第。チームごとに異なる「ムカデ」。

岡山さん連帯感を高める大会ですけどね、そりゃあもう、真剣。あ、応援は楽しいですよ。

応援は…。それだけみんなに注目されてるなら、ムカデの選手は、なんというか名誉というか、あと、勝ったらヒーロー!みたいな感じなんでしょうかね。

岡山さんうーん、個人にはあまりスポットライトは当たりませんね。あくまで大会の花形競技。「オレはムカデの…」なんて誇って歩いてる人はいないですよ。

そ、そうですか。モテたりしませんか。

岡山さんモテない、モテない!(笑)

あはは。でも、大会の花なんですね。というか、やっぱり、すごい体育祭なんですね。

岡山さん節目では、鳩を400羽放ったりして、趣向をこらしましたよ。飛ばすタイミング考えてねぇ。

鳩400羽……。

私たちは体育祭当日、常勝軍団・上方地区のムカデ隊にお話をお聞きすることになっていました。事前にチームの方と電話で取材の段取りを相談していると、「万一負けるなんてことがあったら、みんな真っ暗で話ができる状況じゃなくなるんで」と。その声は決して笑っていませんでした。満を持して、念には念をと前々日から奄美入りして取材に臨んだ私たちでしたが、これはいよいよ、「“ゆかいな”ローカル」ではないかもしれない…。

『炎のランナー』のテーマ曲にのせ、聖火ランナー登場!

そして当日。
体育祭関係者の、「せっかくだからぜひ、開会式から観に来てください」の言葉にふたつ返事の私たちは、朝食後いそいそと競技場に向かいました。前述したように、市民のみなさんが次々と車で集まってきます。すでにその予感は半ば確信に変わってはいましたけど、競技場は、私たちの思っていたようなほのぼの運動会の会場とはまるで異なる本格仕様。広くて立派だし、前日からマイクテストに余念がなかった実況スタッフはアナウンスルームに詰めてるし、ゴールラインには写真判定機まで備えられ、始まる前から呆然。

開会式が始まれば始まったで、選手団入場、開会宣言、国旗に市の関係旗に地区旗の掲揚、優勝旗返還、そしてまさかの、『炎のランナー』の壮大なテーマ曲にのせて入場する聖火ランナー!(この場合、正確には聖火ではなく「炬火(きょか)」のようですが、聖火ランナーと呼ばせてください!) 係の方は白い手袋、開会の挨拶等すべて手話通訳つき。途中、この地でキャンプ中の、プロ野球横浜DeNAベイスターズ、ラミレス監督のゲストスピーチまでありました。確かに奄美市は、10万人余りの、奄美大島の人口のうち4割の人が暮らす、奄美群島ダントツの規模のまちですが、それにしてもなんですかこのやりすぎ感!おっしゃる通り、国体です!奄美最高。

華々しく、選手団入場!
『炎のランナー』のテーマと共に堂々と。20歳のときから68歳まで半世紀近く漏れなく出場し、数々の輝かしい成績をおさめているレジェンド!

さて、とてもご紹介しきれないので心ならずも途中は全部端折りますが、奄美市民、体育の偏差値高すぎです。午前の部の最後を飾るのは、こちらも注目の「俵運搬400mリレー」。30kgもの俵を担いでいるとは思えぬ速度で駆け抜けてゆきました(この競技、笠利地区堂々の5連覇!)。お昼休みを挟んで、奄美版マスゲーム「女性集団演技」から午後の部がはじまります。マスゲームを生で見たのも初めてです。奄美では盛んと聞いたときはカルチャーショックをうけました。さて、そのマスゲームで一息ついたあと、いよいよ「男子ムカデ競争400mリレー」!

俵運搬400mリレーのこれまでの記録は1分を切っている。ムカデも速いがこちらも速い!
「マスゲーム」というと、かの国のイメージしかなかった私たちが見た、初めての国産のそれは癒し系。

王者ムカデに密着のはずが・・・

王者上方地区の恵遼太郎キャプテンは、この体育祭の選手宣誓も務めました。先ごろ行われたラグビーW杯になぞらえ、「見ている人の心をジャッカルできるよう、ワンチーム精神で…」と、周囲から冷やかされるほどに(笑)立派な選手宣誓でした!15歳から始めたムカデ競争、高校のときからずっとこれに出たかったと話す恵さん、高卒で上京後、20歳でUターンしてきて以来10回連続の出場です。負けたのは一昨年だけ。13年も続いた記録を止めてしまい、涙したそうです。「お家芸ですから」と。

王者のプレッシャーを背負って。緊張の面持ちの恵遼太郎キャプテン。

追われる王者のプレッシャーでしょう、上方陣営からは張り詰めた感が伝わってきました。なるほど、地区を問わず多くの人が、「今年も上方だろう」と予想している様子。そうはいっても5人が連なり足をつなげて走る100m×4組のチーム競技です、いつアクシデントが起きてもおかしくありません。レース前はリラックスできなさそうだし、「勝利した後にまた」と、私たちはいったん上方陣営をあとにしました。

さてさて、この目で見たムカデ競争は、それはもうあっという間。「速い」という以外、なにも出てこない。「えええーーー、速い…!」と言ってる間に、下方がゴール!え?なに?下方です。圧勝、第一走から終始リードを守る大勝利!上方は2位でした…。胴上げされる下方のキャプテンを尻目に、「ど、どうする…」と、固まりかける私たち。しかもその下方のキャプテン、地元新聞の取材に答えながら感極まってるし、地元新聞の記者の方々も、ちっとも笑ってません。自分たちの都合で恐縮ですが、ぜんぜん“ゆかい”じゃないです!

疾走する下方の高校生ムカデ隊(チームのうち一組は高校生で編成することになっている)。
足がつながっているように見えない!♡動画は下方地区のムカデ隊提供♡

と言ったところで、私たちとてこのまま引き下がるわけにもいきません。というか、「のちほど!」とあとにしてきた上方チームのもとに、負けたから行かない、というのもどうかと。勇気を出して、おそるおそる近づき……。「完敗でした。練習不足です。反省会がつらい…。どうぞ、勝った下方地区のほうを取材してあげてください」と、やっと言葉にした恵キャプテンに、気の利いた言葉もかけられず、弱々しい笑顔で送り出されて、いざ下方地区に。

ノリノリの下方ムカデ隊に合流!

ゴールテープを切り、喜びを爆発させる下方ムカデ隊。

打って変わって下方地区、勝利の喜びと島の陽気が爆発、沸きに沸いています。「実は最有力と紹介され、当初上方地区に密着を試みて…」と打ち明けると大盛り上がり。「ですよねー!」。5名の高校生は勉学を、残る社会人は働く時間(?)や家族との時間を削って、1ヶ月間、雨の日さえも練習を休まずこの日のために備えたんだとか。有村圭五キャプテンは、「もちろん勝ちに行ったし、自信もあった」と言います。

「気持ちは日本代表」と語ったのはムカデ歴13年の荒田裕作さん。やはり東京からのUターン組で、島に帰ってきた途端「先輩に引きずり込まれた」そう。イヤとは言えず加わったムカデ隊、これほど夢中で練習し、この日に賭けることを、「神奈川出身の嫁にはなかなか理解してもらえない」そうです。そりゃそうでしょう(笑)。今年大阪からUターンして、まだ就職もしていないのにムカデに呼ばれた砂元優一さんは、就職先は決まったものの、「(ムカデが)終わってから仕事しようと」、早速この翌日が入社前の健康診断だそうです。牧翔平さんもやはり、3月に東京からUターンしたて。「すぐにムカデになってました」と、よその地域の人が聞いたら「?」なことをおっしゃいますが、「本番は全力だけど、練習ではコケると恐怖でダメになるから5割くらいで走るんです」なんて、すでにムカデのプロっぽい。

勝利の秘訣は「チーム力」!おにいさんたちに圧倒されてちょっとハニカミ気味の前列の高校生たちは、奄美きっての進学校のみなさん。(写真は下方地区ムカデ隊提供)

改めて有村キャプテンにお話をお聞きすると、「ムカデの交換、足継ぎのところに重点を置いて練習を重ねました。常勝上方の真似ではなく、下方は下方のやり方で考えて、工夫して。ひとつにならないと勝てないのがムカデのおもしろいところなんですが、(みんなでの練習時間をつくるには)メンバーだけでなく家族の理解も必要でした。仕事が終わってからなんでこんなことをこれほど、と思いますよね」と、話すお顔は達成感で清々しく。

勝って胴上げされ、地元紙に取材された直後で、なんとなく現実感のない(笑)下方の有村圭五キャプテン(右)。左は、ムカデ歴︎20周年を迎えた下方最ベテランの村中大輔さん。節目に勝利とは、村中さん、“持ってる”!

「このあと地区の反省会(という名の打ち上げ)の前に、ムカデ隊だけで砂浜でバーベキューするんですよ。来てください!」と呼んでもらい、さすが奄美、11月でもビーチでBBQ。どさくさに紛れてお肉を振舞われる私たち。みんな本当に仲良しで、まるで何年かぶりで会ったかのように話題が尽きず、とにかくよく笑う。みんな「やんちゃな男子」の風情ですが、年齢に関係なくおやじギャグを連発するのが奄美流だと知りました。その場にいらしたムカデ隊メンバーの奥さま、霧島出身の永田愛美さんにお聞きすると、「(夫は練習に)仕事で残業して、残り10分しか参加できなくても出かけて行く。雨が降っても行く。うちには赤ちゃんもいるのに、止めても行く。島の人はふつうじゃない」と呆れ顔(でもどこかおもしろがってる感じも…。笑)。

その後、公民館にところ狭しと詰めかけた下方地区のみなさんの、全体での反省会にもお邪魔しました。もちろんほかの競技も含め、出場者が次々壇上に呼ばれ、やはりおやじギャグなど交えながら、紹介されたり、誉め讃えられたり、挨拶したり。なんだかわからないけど、そのたびにみなさん大盛り上がり。司会の方はやたら仕切り上手だし、地区のOB、OGなのかいろんな方からある差し入れはすべてお酒だし、熱気にあふれています。親切なムカデ隊の園田昌嗣さんが私たちを、たぶんテキトーに紹介してくださって、なんの取材なのか誰なのか、そこまで数時間ご一緒したムカデ隊すらほんとはよくわかってない私たちであるはずなのに、壇上に呼ばれて挨拶しろと促されます。マイクを握り、なにを言っても会場大ウケ。もう、なんでもいいみたいです。奄美最高。

よからぬ集団の集会にも見えなくないが、いたって健全。下方ムカデ隊、勝利の浜辺BBQ。
反省会という名の打ち上げは、終始大盛り上がり。

奄美のみなさん、ムカデ競争がこんなに盛んなのは島だけです

公民館のあと、「ビッグエコー行きましょう!」のムカデ隊のお誘いは遠慮して、迎えた翌朝、地元紙にはこの体育祭の記事がデカデカと1ページを割き、何枚ものカラー写真と共に伝えていました。ちなみに総合優勝は、最大の人口を有する上方地区。11連覇だそうです。ムカデのゴールシーンも、もちろん大きなカラー写真で掲載されていました。

実は私たち、下方、上方以外のムカデ隊ともお話ししたんです。3位になった奄美地区の方は「4日間しか練習してません。3位争いを勝てて、楽しく酒が飲めればいいです!」4位の伊津部地区の方は、「そんな、練習しませんよ。1位2位のチームは特別。眼中にないです。でも来年は本気になるかな」最下位の古見方地区、島田裕哉キャプテンは40歳のムカデ20年選手。「上位のチームは真剣すぎて怖いでしょ(笑)。ここは小さい集落で、のんびりやってます。そこが好き。5年くらい前に3位になったので、それが目標です」と、ムカデへの取り組み方は一様ではありませんでした。本気なのものんびりなのもどちらもいいですが、後者もいてちょっとほっとしました(笑)。

「(シマッチュは)文武の武だけが突出してるんですよ」と言った島の人がいました。武だけが…の真偽はわかりませんが(笑)、奄美市民体育祭を筆頭に、野球にマラソン、駅伝に自転車にマスゲームに、いろんな大会が目白押し、その練習も目白押し。冒頭の岡山さんもおっしゃっていましたが、大人の体育が本当に盛んなんですね。ムカデ競争は、島の人には当たり前すぎて、どうして東京からわざわざ取材しに来たのか、地元の人にはよくわからなかったみたいです。この体育祭では男子のみですが、女子のムカデ競争も、学校や、別の地域の運動会では行なわれているそうですし、多くは、「え?ムカデって普通じゃないんですか?」といった反応です。なにかと独自路線な奄美です。「次は舟こぎ大会も取材してください!」と言われています。

というわけで、観戦記でもなくなりましたけど、満喫しました、奄美市民体育祭。熱かったです、ムカデ競争。世界大会があったら奄美代表の金メダル、間違いないです。グダグダなレポートで申し分けありませんが、めちゃくちゃ楽しかったです。こんなに「ムカデ」を連発したのは人生で初めてです。
ご協力いただいた島のみなさん、本当にありがとうございました!愛してます。

8地区での首位争い、3位争い、ビリ争い、来年はどうなるか!

編集後記

何度でも驚かされる奄美です。音楽偏差値の高さには気づいていましたが、体育もだった…。それにつけても、ムカデ競争です。「ムカデ」ですよ。大の大人が猛練習したり、涙するものだとは思っていませんでした。すみません。
地区(集落)対抗の奄美市民体育祭、競技場では、それぞれの地区に分かれ、出場を控える選手や応援の人たちが、トラックをぐるりと囲むように陣取っています。それとは別に、誰でも座れる備え付けの観客席にも、声援を送る人たちが大勢。そこで気づいたことがあります。競技中、どんな勢いで応援していようが、終わった途端、切り替えが早い!表彰式ではもうすっかり興味を失っているかのよう。これはいわゆる、熱しやすく冷めやすいというアレでしょうか。この傾向、ほかのシーンでも見られます。ラテンだ…(笑)。(2019年11月取材)