青森県十和田市 ウマジン

誕生のきっかけは、東日本大震災の翌年、秋祭りで義援金を集めるため。「なにかつくってくれないか」と、地元の青年会議所から依頼された横浜出身のイラストレーター、安斉将さんが、馬産地・十和田とアートのまち・十和田のイメージを融合させてデザインしたのがウマジンです。世に出たウマジンは、100人パレードしたり、グッドデザイン賞を受賞したり、学校の行事に登場したり、いまではすっかり十和田市民の知るところとなりました。そればかりか、トリジン、ワニジン、イカジン、シカジンと、別のまちでも仲間を殖やしています。目指すのは「世界平和」と不敵な笑みを浮かべるその人、生みの親の安斉将さんにお話をお聞きしました。

ウマジン Facebookページ

ウマジン、イマジン。目指すは世界平和

ウマジンも安斉さんも、寡黙なような、饒舌なような。得体が知れない(笑)魅力の持ち主で、じわじわくる。

はじめて安斉さんとウマジンとお会いしたのは4〜5年前でしたか。活躍は目覚ましいですね。

安斉さん最初はこんなになるとは想像してませんでした。やってみると(ウマジンの)力が意外と強かったんですね。人と人、地域と地域のつなぎ役にできればと漠然と思ってはいたのですけど。

安斉さん、「人と人、地域と地域」とかおっしゃるんですね(笑)。

安斉さんふふふ。そうですよ。最終的には世界平和を目指してますからね。ノーベル平和賞をとるんですよ。最後には、捨て置けない存在になったオレが暗殺される。

ええっ…、そんなシナリオになっていたとは…。

安斉さん青森のローカルテレビでは、ウマジンがドラマ仕立てで番組化されたんですよ。前半は切ない恋物語、後半はヒッチハイクの旅。BGMは(ジョン・レノンの)イマジンですから。

おぉ、ついにイマジンとつながりましたか!

安斉さんそうなんです。

知る人ぞ知るアートスポット?「松本茶舗」にて。いわゆる瀬戸物中心の品揃えの店内に、ウマジンコーナーもある。

クールが身上。「オレたちゆるくねぇからな」。
そして課題は高齢化

ウマジンって、見た目がかわいいわけじゃないし、主張みたいなものがないじゃないですか。ゆるキャラとはぜんぜん違う。でも、子どもたちからも人気なんですよね。それに、私たちも台北のカルチャーイベントに出展したときにかぶってみてわかったのですが、かぶるほうも、遭遇したほうも、不思議と楽しくさせます。

安斉さんゆるキャラとは住み分けにびみょうにむずかしさがあったんですけどね、「オレたちゆるくねぇからな。子どもだからってニコニコしねぇぞ」って気概が(笑)。クールが身上ですから。

あはは!

安斉さんウマジンは、かぶってるところだけがおかしくて、ほかはその人のままふつうに振る舞うというのが元々のコンセプトです。以前、手荷物として預けずに、かぶって保安検査場を通過しようとした人たちもいました。あくまでファッションアイテムの位置付けであると。帽子の一種というか(笑)。

ははは。相対する人はびっくりしても、かぶってるほうはなにごとでもないように振る舞うんですね。そこは、やはり変身して高揚感が高まるコスプレとも少し違うのかな。

安斉さんそうですね。でも、まったく知られてないときから、少人数でかぶって飲みに行ったりもしてたので、最初は気持ち悪がられてたと思いますよ(笑)。

まぁ、謎ではありますよね(笑)。

安斉さんところがある日、スーツ姿のウマジン数人で十和田のまちを歩いてたら、「カッコいい!」って言われたんです。まさかの!想定外でびっくりしたんですけど、それからぼつぼつカッコいいという評価も出てきたんですよね。

カッコいいですもんね、実際。シュールでカッコいいのかな。ゆるキャラとの住み分けが…というお話も出ましたけど、ライバルはいますか?

安斉さんそれはいないけど、戦ってる相手は高齢化ですね。

高齢化?

安斉さん7年やってきましたから、活動メンバーの30代が40代になり、40代が50代になり…。細かい手作業が老化現象できつくなりました。

なんと(笑)。もしや後継者にバトンタッチも考えてますか?

安斉さんはい、メンバーみんな、仕事の片手間でやっているうえに、高齢化が進んでるでしょ。手放すのOKです。活発さを維持したいですから、若い人たちに引き継ぎたい。

かぶって10分もすると馴染んできて、そのうち一体化した心持ちになってしまう。

後継者育成。ウマ中も、二代目安斉将も

そ、そうだったんですね。でも、予備軍の育成はできてるんじゃないですか?学校にも浸透してますもんね。

安斉さん十和田市立第一中学校がすごいんです。人呼んで「ウマ中」。一学年数十人の学校なんですけど、ついに全校生徒が自前のウマジン、Myウマジンを持つに至っています。新入生には先輩がつくり方を教えるんですよ。

すごーい!ウマ中!

安斉さんウマ中では、ふるさと学習のプログラムや修学旅行でも活用されてます。ウマジンがコミュニケーションを円滑にさせると評判なんですよ。圧巻だったのは、学校の音楽祭で行われたウマジンのリコーダー隊による編成を組んでのイマジン演奏!あれはすごかったですね。ウルっときました。
参照:十和田第一中学校ブログ「ウマジン×イマジン(一中祭)

リコーダー隊最高!ウマ中も、ウマ中の生徒さんも、ウマジンも最高です。この地域の若者の青春の思い出の中にウマジンがいるわけですね。やっぱり後継者育成のための土壌はしっかりできてるんじゃないですか。

安斉さん弟子もいるんですよ。2012年当時、小学校の高学年だった男の子で、とても見込みがあって。「駒千代」という幼名を授けて二代目安斉将にしようとしてました。

幼名駒千代!二代目安斉将!(笑)

安斉さんでも思春期になってくると、ウマジン離れが起きるわけです。友だちといるときに、「お、駒千代!」なんておじさんたちに囲まれて、引いたりして(笑)。ところがそういう思春期のダークを抜けたころ、最近になって戻ってきてくれたんです。高3になった駒千代は、身長180cmくらいに成長してました。

おぉ、ダークを抜けて。

安斉さん年頃でのウマジン離れは健全だと思うんですよね。いったん嫌ってもらうのが大事。それを経て、ウマジンを見直すんです。ウマ中の子たちも、さんざんかぶらされて、嫌う時期があっていい。

ウマジンは、思春期の葛藤にも関わっているんですね…。テレビ番組化されたのがわかる気が。

安斉さんふふふ。

ところでお会いしたばかりのころ、安斉さんはウマジンでは儲けてないって言ってましたよね。ウマジンがこんなに躍進したいまも同じですか?

安斉さん変わらないですね。いや、最初にウマジンをつくったときに、権利がどうのという話はあったんです。でもその時点では、権利の主張をせずオープンにしたほうが広がると思ったんですよ。

ふるさと学習の一環でMyウマジンをつくり、街へ繰り出すウマ中生たち。ほかの地域には見られない光景(笑)。
ウマジン練歩きワークショップ(なるものがあったそう!)で、市内の歩道橋にいる人たちをおさめた一枚。妙にオシャレに感じられるのはなぜ?

ウマジン、トリジン、ワニジン、イカジン、シカジン!
… to be continued

ほかのまちにも“ジン”が広がってますけど、それはどうなんですか。トリジン、ワニジン、イカジン、シカジン、ですっけ。

安斉さんはい、だいたい同じ感じですね。どれも著作権とか使用料とかは言いません。トリジンは、白鳥のまち、平内町のためにデザインしたんですけど、ギャラも、お金じゃなく名産のホタテをもらいました。初期のイカジンについては僕のデザインでもありません。イカの名産地の八戸市白金町の方から、ほかの“ジン”をつくっても構わないかと連絡がきまして、「いいですよ」と。

ええー、なんというか、心が広い!安斉さんみたいなプロが、参考にしてつくっていいだなんて、ふつうならありえないですよ。

安斉さんなんか面白いじゃないですか。この活動についてはそういうことにしています。イカジンも、2019年の夏にできた量産型は、改めて僕がデザインしました。ほかのは最初から僕がやってます。大鰐町(おおわにまち)がその名にちなんでワニジン、シカジンだけは県外で、秋田県鹿角市だからシカジン。シカは念願の、だったんですよね。

ウマジンとで、馬と鹿!

安斉さんそうそう。やった!と思いました。

あはは。“ジン”はこうやってこの先も増殖していくんですか?県外もありなんですね。

安斉さん広がるのは面白いですよね。全国どこでも、ぜんぜんOKですね。

そうか。日本国内を征服して世界へ。

安斉さんそうです。

夢がありますが、特にこのあたりのみなさんには、安斉さんの本業が忘れられてやしませんかね(笑)。それはいいんですか?

安斉さんいや、それは若干不本意なんですよ(笑)。以前は「横浜から来たイラストレーターの」と紹介されていたのに、いまはすっかり「ウマジンでお馴染みの」安斉さんになってしまいました。それも、活動を後継者に譲っていいと思ってる理由のひとつかもしれませんね。特に、自分がかぶって「ウマジンの人」になるのは若い人に任せたいなと。

体力も要りそうですしね(笑)。

安斉さんそうそう。

世界平和の手前、当面の野望はなんですか。

安斉さん“ジン”サミットやりたいですね。

面白そう!

安斉さんですよね。ふふふ。

2017年5月に、ウマジン、トリジン、イカジンが十和田に結集して花見会がおこなわれた。写真はお花見のあと、中華料理屋さんで親交を深めている様子。
松本茶舗さんもいい。店主の松本さんのお話がまたいいので、十和田を訪れるアート好きは、ぜひ行ってみよう!

編集後記

取材の折、夏の十和田を私たちもウマジンで歩きました。「あ、ウマジンだ」と、言われることもありましたが、大注目を浴びるでもなく、十和田市民にはある程度見慣れたものなのだと実感できました。そのときの写真を、姉が十和田在住という友人に送ったところ、返信でウマジンになったお姉さんの写真が送られてきました。十和田エリアは征服済みですね。
安斉さんはヤバい人です。絵はめちゃくちゃ素敵(当ページの背景イラストも安斉さんによるもの)だし、眼光鋭いし、話がおもしろすぎるし。書けないことも実はいっぱいあって、フィクションかと思う、割と強烈な♡エピソードを多数持っておいでです(笑)。白石監督か井筒監督あたりで半生を映画化してもらいたいです。そして世界征服を果たしノーベル平和賞受賞しても、暗殺から逃れ、生き延びていただきたいです。(2019年7月取材)