キラリと光る会社
解体業のイメージを変える、“自動車リサイクル業”。パーツ販売も、現場のきれいさも、全国トップクラス!

株式会社吉田商会

吉田商会は、先代が1981年に愛知県豊橋市で設立した自動車リサイクル業。いわゆる「解体業」のネガティブイメージを払拭し、資源をできる限り活かし切りたいとの思いでいまに至ります。ものをつくるのが好きな人のお話はよくお聞きしますが、こわすのが好きな人に向いているというこちらの現場では、働く人も個性的な面々が集まってきているといいます。もちろん、ただこわすのではなく、使えるパーツを取り出し販売する吉田商会。それらリサイクルパーツが整然と並んで保管されています。
キラリと光る会社第51回は、吉田商会代表の吉田恭平さんにお話をお聞きしました。

吉田商会公式サイト

父親とは違うカラーの経営者として

—お父さまが始めたご商売なのですね。

吉田さん:はい。最初は父母が二人で営む、自営業でした。僕が中学くらいのころに従業員を雇い入れ始めて、国内のリサイクルパーツの販売を開始しました。父親が忙しくなり週末も遊んでもらえなくなったので、ちょっと寂しかったのを覚えています。

—家業で、解体業が身近にあった。

吉田さん:そうですね。解体車から出てきたミニカーを渡されたこともありますし、あと、小学校の宿題で「砂鉄を集める」というのがあったんですよ。みんなと同じように公園の砂場で集めようと思ったら、父が「うちの工場のほうがある」って。実際、簡単に集められたのですが、みんなの持参したのより目の粗い砂鉄でした(笑)。

—あはは。ならではのエピソードですね。いつかは継ぐおつもりでしたか。

吉田さん:いわゆる親の敷いたレールというのに抵抗があって、別の道に進みたいと考えた時期もありました。でも大学4年のとき、いまの場所に移転するにあたって、夏休み返上で引越しにつき合わされたんですね。そのときに従業員のおにいちゃんたちによくしてもらって。

—ここで働くのもいいなと。

吉田さん:そうです。

—会社を継がれたのは2016年ですね。どんなお気持ちでしたか。

吉田さん:社長になる直前が一番不安でした。父と僕とでは全然タイプが違うんです。父は破天荒というのでしょうか、個性的で、いろんな人が父の個性に惹かれて集まってきていたところがあったので、僕で務まるか心配でした。

—社長になられてみて、実際はどうでしたか。

吉田さん:僕が就任した翌日に、父が『今日、会社が倒産した』という本を読んでいるのを見て、殴ってやろうかと思いました(笑)。

—ははは。それまでのお取引先ですとか、周囲の反応はいかがでしたか。

吉田さん:蓋を開けてみたらみんな応援してくれて、安心しました。中でも、父のようにはなれないという僕の不安に対して、「親父はソースカツ丼みたいなものだ。お前は京料理の板前を目指しなさい。素材を大事に、みんなの力を引き出す社長になりなさい」と言ってくれた人がいて、その言葉はいまでも大事にしています。僕は僕のカラーでいいんだと思えるようになりました。

吉田恭平さん

テレビドラマが生み出し続ける、悪の解体業者

—吉田さんは、会社のWebサイトで公開されている動画などでも、解体業のネガティブイメージを払拭すべく取り組んでいる旨を話されていますが、そういう風当たりみたいなものはいまも感じられますか。

吉田さん:テレビドラマなんかでも、解体現場のシーンのほとんどが、ヤクザまがいの人物が犯罪絡みで…みたいな、とにかく悪い感じじゃないですか。

—はい。証拠隠滅のためにさっさと車を解体して、とかいう。私もそうでしたが、ステレオタイプが強固なのは、あぁいうのの影響が大きいですよね。

吉田さん:そうなんですよ。バンドマンが全員女性にだらしないわけじゃないし、ヒップホッパーが全員麻薬やってるわけじゃない。解体業者も同じなんですけどね。「産廃反対!」の看板が立っているのを子どもが目にして、「お父さんの会社は嫌われてる」とも思われたくないじゃないですか。イメージを向上させたくて、そのために取り組んでいることもあります。

—工場がきれいですよね。

吉田さん:現場をきれいに保つのは、先代から続く方針です。整理整頓されていないとそもそも効率も悪いですし、業者さんも個人のお客さんも来るところなので、荒んだ状態にしておくわけにはいきません。誰にとってもなるだけ心地いい状態にしたいと思ってやってきたので、きれいさでは業界トップクラスなはずです。

—イメージ向上のために行なっていることはほかに?

吉田さん:豊橋市内を走る路面電車のラッピング広告を、かれこれ10年近くやっています。豊橋を代表する会社が出稿していて、ちょっとしたステータスシンボルなんです。人気が高くて広告出稿が順番待ちになっているので、頑張って背伸びして、明け渡さないようにしています(笑)。

—路面電車のラッピングだと、確かによく目に入りますもんね。

吉田さん:市民にお馴染みの会社として、親しまれるための宣伝効果を狙う気持ち半分、社員の子どもたちに自慢に思ってほしいという気持ち半分です。僕にも小さい子どもが二人いて、見ると喜ぶんですよね。テレビにも、ときどき写りますし。

作業中も、まめに掃除をしながら。

車が空を飛ぶようになれば、それを解体する

—そうか、お子さんが喜ぶというのはいいですね。

吉田さん:コロナで注目された「エッセンシャルワーカー」という言葉が、いいなと思ったんです。うちも社会の中のエッセンシャルワークだという自負を、社員に持ってほしい。子どもにも胸を張れる仕事であってほしいです。

—近年は、リサイクルに対する人々の意識も高まっていますからね。

吉田さん:はい、その点では世間が追い風を与えてくれていると感じています。

—御社は真面目な解体業者で、現場のきれいさは業界トップクラスというのはわかったのですが、ほかに特徴を教えてください。

吉田さん:うちは業界の中で、処理台数は平均よりちょっと多いくらいなのですが、リサイクルパーツの販売は全国トップクラスです。上手に解体して上手に販売しています。うちの場合は、一台一台丁寧に解体して、まずは最も高値になる国内向けリユースに、あとは海外向けリユース、どちらにも回せないものはマテリアル(素材)として引き取ってもらいます。

—高級な車のパーツほど高く売れるものですか。

吉田さん:必ずしもそうではなくて。というのも、高級車オーナーは概してお金持ちですから、事故などで、例えばドアを取り替えなくてはならない、となったときに、あまり中古で探したりはしません。僕らにとって売りやすいのは、5〜7年前に広く売れていた車です。なぜかというと、すでにそれくらい乗っていると、中古パーツに抵抗がなくなるんですね。軽自動車のパーツは人気ですし、あと、車種でいうとアクアとか、プリウスですかね。

—あぁ、なるほど。納得です。

吉田さん:ちなみに電気自動車は、従来の自動車の3分の2ほどしかパーツが使われていなくて、こっちとしては売れるものが少ないです。自動車離れも進む時代、業界にとって脅威ではないかとも言われるんですけど、人を乗せて運ぶものの形態がどのように変化しても、乗り物の需要がある限り我々の仕事はなくならないですよね。電車を解体しろと言われればしますし、いつかジェット機もやりたいと思っています。車が空を飛ぶようになれば、その空飛ぶ車を解体するまでです。

整理整頓のお手本のように並ぶリサイクルパーツ。

思い出のこもった車だから

—そう言われたらその通りですね。動画を拝見すると、楽しい社員の方が在籍されているようですが、採用は順調ですか。

吉田さん:はい、社員は個性的な人ばかりですね(笑)。 でも仕事をサボるような人はいなくて、みんな頑張ってくれています。ただ、採用には苦戦しています。異業種交流会なんかに参加すると、「魅力的なコンテンツをいっぱい持ってる」と羨ましがられることがあるんですね。最初はそう言われて、軽くショックでした。確かに、見た目にもインパクトがあるのに、そういうことを採用活動に活かせてないなと。業界のイメージの悪さのせいにばかりしないで、もっと伝わるように伝えていかなくてはいけないと思っています。

—社員として仲間入りするなら、どんな人がいいですか。

吉田さん:いま32名なんですが、現場に、もっと人を入れたいんですね。スパナを持ったことのない人が主力に育っている職場です。経験は関係なくて、真面目に取り組めば務まります。部署ごとに目標を定めてやっているので、チームワークを発揮できる、全体のために協力できる人が理想ですね。

—最後に、吉田さんご自身、この仕事をしていて良かったと思うことを教えてください。

吉田さん:うちで解体するための車を乗ってきた人を、僕もときどき、駅まで送って行くんですね。そのとき、車との思い出を聞かせてくれることがあるんです。あの車でここに行った、あそこにも行った、とか、そういう話を聞くのが僕は好きなんですよね。買取価格での判断もありますが、車に思い入れがある人がうちを選んでくれるときって、なんとなく、車に対する丁寧な扱いを期待しているように思います。解体はするんですけどね、そういうときは、一層、きちんと丁寧にやろうと思いますね。

—ちょっと、わかる気がしますね。

吉田さん:実は僕自身は、自分の車が解体になるその日には、わざと出張を入れました。思い出のこもった車をこわすところを見たくなくて(笑)。

吉田さんが普段営業に使っているという車はこちら。

イチオシ 吉田商会のじまんの人 原聖美さん

岐阜県出身。2011年に新卒入社。3人のお子さんの産休育休を取得しながら第一線で働き続ける、吉田社長が「うちの営業のエース」と称する人材です(その評価に、ご本人は遠慮がち)。体を動かすのが好きな元来のスポーツウーマンで、小学校のころから、サッカー、野球、バレーボール(現在はソフトバレー)と、常になにかやってきたそう。「写真はダメです〜!」と拒絶するも、最後はピースでおさまってくれました♡

豊橋市で大学生活を送って、このまちに残りたかったんです。名古屋は自分には都会すぎて、“とかいなか”なここがちょうどいいと思ったんですね。縁あって前社長に声をかけてもらって入社して以来、辞めたいと思ったことはありません。ミッションは、「吉田商会の名を売ること」です。私は産休育休後に復帰した正社員の第一号で、会社がスムーズに復職できる体制を整えてくれました。子育て中のいまも融通を利かせてくれて、時短で働いています。社長自らが「子ども優先」と言ってくれる、子育てにやさしい職場なんです。実は初め話しにくいと思っていた社長とは、子どものいる者同士になってから会話が弾むようになりました!

編集後記

まさに、映画やドラマの犯罪がらみのシーン、あれでしか見たことがなかったと言っても過言ではない自動車解体業。たまたまネットで吉田商会さんに行き当たったとき、そうしたイメージの払拭に努めているというのを知って、「そうだよなぁ」と。これはぜひ、お邪魔してみたいし、違う面から光を当てるお役に立ちたいと思いました。会社のWebサイトを拝見していたので、現場をきれいにされていることは知っていたものの、実際に足を運んでみれば、映画やドラマで見るスクラップの山しかない光景とは全然違っていました。なによりコワいどころか原さんのようにお茶目な方が働いていて、社長は自分の車の解体は見られないような方で(笑)。百聞は一見にしかず!『キラリ』でご紹介のしがいがある会社でした。(2024年8月取材)

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