キラリと光る会社
地域に根づく老舗工務店、いま、若き女性が活躍中!

株式会社湯建工務店

東京都大田区大森で1946年に創業した湯建工務店の4代目は、この業界では特に珍しい女性です。2017年の社長就任後、女性の採用を積極的に進め、そのための環境整備にも早速着手。30名ほどの従業員の約4分の1を女性が占めるようになりました。ひとたび社外に出ると現場は男性一色というアウェー状態に怖気づきながらも、たくましくもしなやかに、彼女たちは進みます。「半径2キロ圏内」の地域密着企業でもある湯建工務店は、手がけた建物を生涯見守ろうという気概を持って仕事に臨んでいます。
キラリと光る会社第34回は、湯建工務店代表の大関泰子さんにお話をお聞きしました。

湯建工務店公式サイト

業界では稀な女性経営者。祖母も社長だった

—女性の経営者は、まだまだ珍しいですよね。

大関さん:そうなんです。女性の進出が遅れている業界で。

—大関さんのお父さまが3代目ですもんね。継ぐことは既定路線だったのですか。

大関さん:いえいえ。私は子どものころから建設業界に親しみを持っていて、ずっとその道を目指してもいたのですが、大学受験で挫折したんです。新卒で商社に入社して5年間、海外出張にも行くなど、いまは良い経験をしたと思ってはいますけど、路線変更ですよね。でも結局、建築への思いが捨てられなくて、父に「湯建に入れてほしい」とお願いしました。父には当初、入社自体を反対されたんですね。そこから頑張って…です。

—反対されたんですね。

大関さん:父は真面目な人なんです。「生半可な気持ちじゃ入れられない」と言われました。結局入れてはもらった私ですが、負けず嫌いな性格も手伝いまして、なんとか貢献できるよう実務経験を積みながら、二級建築士、一級建築士の資格を、それぞれ数年かけて取得しました。

—いや、ご立派ですね。すごいです。

大関さん:結婚して子どももいる中で、仕事の傍ら学校に通いながら勉強したので、家族には迷惑をかけましたけどね。

—でもそうやって頑張っていらしたから、先代であるお父さまも認めるようになって、2017年には後をお継ぎになることに。

大関さん:そうですね。うちは3人きょうだいで、ふたりの弟のうちひとりと一緒に湯建をやっています。実は父の前は、祖母が舵取りしてたんですよ。役割分担上、私が社長をすることになったわけですが、性別にこだわらなかったのは、その影響が大きいでしょうね。

—お祖母さまが。時代を考えると、なおさら珍しいですよね。

大関さん:男社会中の男社会ですから、本当にそうです。祖父母は信州の出で、ここ大田区大森の材木店を営んでいた知り合いに、工務店をやらないかと誘われて上京したんですね。戦後まもなくのことで、当時この辺り一帯が焼け野原だったそうです。軌道に乗るまでは祖父母も苦労したらしくて、信州から運んできたりんごを売ったりしてなんとかしのいでいたと聞いています。ところが工務店が軌道に乗ってきたころ、祖父が今度は大田区の区議にと誘われまして、政治の道に入るんですね。それで祖母が湯建を切り盛りするようになるのですけど、これが向いていたみたいで、やり手の女社長といいますか(笑)。

—かっこいいですね!大関さんも、そんなお祖母さまの姿を見て?

大関さん:はい。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんっ子だったんです。近くで仕事を見ていて、帳簿付けの様子なんかも、かっこいいと思ってました。だから影響は受けてますね。

大関泰子さん

戦後の埋立地に根を張って

—お話を戻しますが、焼け野原だったこの地に信州から出ていらして、りんごを売りながら…っていうのも、時代ですねぇ。

大関さん:ですよねぇ。当時、ここのすぐ前は海岸だったんですよ。大規模埋立て事業でいまの姿になりました。埋め立てによって海苔の養殖ができなくなった海苔屋さんたちが、海苔を干すために使っていた広い土地にアパートを建てて、アパート経営を始めたんですね。うちのような工務店も、そのような転換期に少なくないお仕事をいただいたようです。

—そうか、そうやってずいぶん減ったのでしょうが、大森といえば、いまも続く海苔屋さんがありますよね。昭和の初めまで大産地だったんですよね。

大関さん:そうですね。いまでは海苔屋さんも減りましたが、工務店も半減しました。

—歴史の移り変わりはさみしいようでもありますが、あたらしい時代には、女性が活躍する工務店が登場したんですね。

大関さん:まだまだこれからですけれど、はい、私が入社した2000年当時は、湯建もご多分にもれず男性ばかりでしたからね、増えてきましたし、みんな立派に活躍してくれていますからね。

—女性の積極採用は、大関さんのお考えだったのですか。

大関さん:そうです。私自身が女性ということもあって、女性の採用は今後も進めていく方針です。ただ、父も、先ほどお話ししたように、祖母の影響があるのでしょうかね、同じように考えていたところがあったようです。

—社内に女性の割合が増えたことでの変化はありますか。

大関さん:うちは7割が個人のお客さまでして、新築にしろリフォームにしろ、具体的なお話をする相手は、ご夫妻であれば奥さまのほうが多いんですよ。キッチンなど水まわりのことは特に、使う人目線で細かな話ができる女性社員への支持が厚いです。お打ち合わせでご自宅にお邪魔する機会もあるので、女性が来るほうが身構えなくていいとお客さまにおっしゃっていただくこともあります。そうしたことから、リフォームの担当部隊は女性の割合が高くなりました。

—あぁ、それは納得です。

大関さん:はい。あと、事務所の雰囲気が明るくなりました!

—そうですか。でも、慣れないうちは、抵抗みたいなものもあったのでは?

大関さん:私が入社したころは、現場に女性の私が行くと煙たがられて、いろいろ言われることもありました。ひやかしではなく本当に興味があって、学びたくて行っていたので、そのうち受け入れてもらえるようになりましたけどね。男性にとっても体力的にキツくて大変な仕事が多いのは事実なんです。それでも、向き不向きは性別だけでははかれませんよね。

いまの姿からは想像もつかないが、会社からすぐのところが、かつては海岸だった。

広めの事務所は、社長室も仕切りもなく開放的な印象。

長く働いてほしい。相応の環境を整えるのは会社の仕事

—採用活動に苦労されている中小企業が少なくないですが、女性を積極採用するために工夫した点はありますか。

大関さん:女性が働きやすい環境の整備の一環ですが、最初に着手したのは事務所の改装なんです。「きれいにしないと雇用が生まれない」って。トイレとか。

—それ大事!

大関さん:ですよね。

—トイレは会社訪問時のチェックポイントじゃないですか。これも男性にはそこまでの重要性が理解されづらいもののひとつですよね。

大関さん:そうなんです。あとは、Webサイトや名刺、会社案内など、外部の方がご覧になるものですね。

—そうですね。中小企業の間でも重要性は浸透してきましたけど、年齢層の高い会社だと、そうした媒体やツールなどに、苦手意識もあってか力を入れられないところもいまだ少なくないですもんね。

大関さん:うちは平均年齢が30代なんです。会社の強みはなにかを会社全体で考えて、ブランディング含め、みんなでしっかりやっていこうと思っています。

—30代とは若いですね。

大関さん:うちはこだわって、新卒採用の方針をとってきているので。

—即戦力を求める業界といったイメージもありますが。

大関さん:これは私の代に始まった方針ではありませんが、時間がかかっても会社の文化や方針を理解してもらえるよう育てることで、湯建らしさをスポンジのように吸収してほしいと思っているんです。

—入社後のフォローはどのように?

大関さん:個人面接を年に3回実施して、本人から仕事や職種に対する希望を聞いたり、適性について話したりしています。大工さんを志す新入社員には、会社負担で2年学校に行ってもらいます。ほかに、専門知識を磨いてもらおうと、隔週でリフォームに関する知識向上テストを社内でしています。「水まわり編」「屋根工事編」「雨もり編」といった感じで分けて。

—まさに育成ですね。

大関さん:はい。それから、そうしたこととは別に、育休からの復帰後も、子どもを抱えて働くことがハンデになったり、負い目に感じることがないような職場環境にしようと、これにも心を砕いています。

—あたらしい時代の工務店さんだ。

大関さん:子育て支援については、私たちも頑張りますが、本音を言うと、社会的な思考の変化や、法の整備などの必要性も感じています。男性の育休も当たり前の社会であるべきではないでしょうか。

—うなずくしかありません。

大関さん:父もいつも言っているんです。貯めるなら、お金の財より人の財、つまり人材だって。「お金貯めるほうが楽だぞ」とも言っていました。確かにそうだと納得しています。テレビをつけるごとに転職のCMを目にするようになりましたけど、長く働いてほしいですからね。相応の環境を整えるのは会社の仕事だと思って取り組んでいます。

湯建工務店の誇る女性社員のみなさん。

生活の拠りどころをつくる、責任と喜びを

—お金貯めるほうが楽。なるほど、そうかもしれません。当然といえば当然ですが、人って、いろんな意味で簡単ではないですよね。でもAIの時代にも、人による仕事は求められるでしょうね。

大関さん:住まいというのは、生活の拠りどころとなる大切な場所ですから、私たちは、技術が進んでもなくならない仕事を担っていると思っています。

—生活の拠りどころとおっしゃいましたが、湯建さんは「世代を超えて永く住み継ぐことのできる安全で高品質な建物づくり」をモットーとして掲げていますね。一生活者としては、それが当たり前であってほしいと思いますけど、ときどき業界の、不正のニュースも見ます。

大関さん:その通りで、本来当たり前であるべきなんです。でも残念ながら、構造計算をおろそかにしても建物自体はできてしまうんですね。しかも見た目にはわかりません。外観も大切ですが、建物の構造面は大変重要です。

—日本は災害も多いですからね。特に地震…。

大関さん:過去の震災においても、防げた倒壊はあったと思うんです。建物をつくる者の責任として、そのようなことだけはあってはならないと、先代の父も繰り返し口にしていました。うちは耐震等級も意識した基準を設けて、安心して、そして愛着を持って住んでもらえる100年住宅を目指してやっています。

—100年住宅というのは、住まう側にとっても理想ですよね。会社の規模については、今後どのように考えられていますか。

大関さん:末長く地域で貢献できる企業を目指しています。大きくするのではなく、湯建に関わる、お客さまや社員、その家族みんなが幸せに豊かに暮らせるように、みんなで良くしていきたいんです。三代にわたるお客さまもいますから、引き続き信頼し続けてもらえるよう、100年続く会社であるよう、これからもみんなで頑張っていきたい。トップダウンとかワンマンとかいうやり方は私には無理なので、社員のみんなが、好きになれる、誇りを持てる会社に、みんなでしていこうよと考えています。

—チームワークで。

大関さん:そう、チームワークで、です。経営者の言うままに動かされる組織では、力は発揮できないと考えています。やっぱりチームワークですよね。

—数名の社員の方と、わずかにお話しした印象でしかありませんが、仲が良さそうですよね。女性のみなさんなんか特に。

大関さん:そうですね。コロナ前は社員旅行やバーベキューなど、親睦を深めるイベントをしていました。

—おお。

大関さん:これもコロナ前ですが、給料日には、お酒とおつまみを出してのお疲れさま会も、社内でやってたんですよ。父からの申し送りで続けていた、毎月のちょっとした行事といいますか。

—それはまちの工務店らしい感じがしますね。大関さんの代になっても順調そうですし、チームワークは機能していそうです。大関さんもご苦労があったとは思いますが、お話ししていて熱意を感じます。

大関さん:魅力とやりがいのある仕事をしていると、私自身が思っているんです。うちは100%お客さまとの直接契約で、直接お客さまとやり取りしますから、良い評価も悪い評価も直で届きます。ひとつの建物が完成するまでの長い間、現場では季節ごとに、大汗をかく暑さ、凍える寒さの中、ほこりまみれになって一生懸命働きます。最終的に喜んでいただけなかったら、正直言って続けられないくらい大変です。でもその分、達成感も大きいんです。住まいというお客さまの拠りどころをつくるプロセスに携わる喜びを、経営者だけでなく、社員にも感じてほしいといつも思っています。

湯建工務店のみなさんは、お仕事中も気さくに応じてくださった。

イチオシ 湯建工務店のじまんの人 伊藤久二実さん&小島瑞季さん&田中美音子さん

大関社長は、「本当は、7名の女性社員全員に、ここに出てもらいたい」とおっしゃっていました。ページの都合でごめんなさい!
左から、2015年入社、大関社長によると「彼女に聞けば会社のことがなんでもわかる総務の要」総務部経理・不動産管理の伊藤さん。2022年入社、「入社後1年で2現場を経験、現場監督として期待の星!」工事部現場管理の小島さん。そして、2009年入社、「みんなのお姉さん的存在で、私も頼りにしている」営業部主任の田中さん。

伊藤さん:高校の求人票で知って、家から近くて、休日と手取りが他より多いところに惹かれて志望しました(笑)。「ものを売るだけよりつくるほうがおもしろそう」と面接で言ったら受かったのですが、入社後は挫けそうになることも少なくありませんでした。そんなとき、田中さんの存在にいつも助けられて、そのうち自分も田中さんのようになりたいと思うようになっていました。社長含め、お局的な人がいない会社で、自分に合っていたと思います。

小島さん:会社見学のときは女性ばかりだったのに、現場は男性ばかりで、最初は圧倒されましたが、いつの間に現場が楽しくなっていました。どうやら向いていたようです。建築関係の専門学校を出て、入社後は設計をやるものだと思っていたものの、図面だけではわからないことが多いと知ることもできました。現場でたびたび顔を合わせるうちに仲良くなったご近所の方に、みかんをもらったときはうれしかったです。

田中さん:私も専門学校が建築系で、先輩に湯建の社員がいました。事務所での仕事を想像していたら、現場が多くて大変で、何度となく心が折れそうになりました。慣れるまでは戸惑ったのは事実ですが、話しやすくていい人が多かったから、続けてこられたのだと思います。お化粧やスカート、ヒールの靴をマナーとされないのも、実はいいところですね。社長ですか?真面目で仕事熱心で、すごくモチベーションが高いですよ。

編集後記

“じまんの人”の間で、「お化粧しなくていいのも(この職場の)いいところ」という言葉が出たときは、みなさん一斉に盛り上がっていました。お金も時間も使わなくて済みますよね。日々の自由として、決して小さなことではありません。きれいなトイレがあることも。だからというわけではないでしょうが、湯建工務店の女性のみなさんは、いきいき元気に見えました。もちろん女性に限ったことではなく、若い人たちがいきいきと働く姿は、もはや理屈ではなくよいものです。「我がまちの工務店さんは、何年経っても不具合があれば飛んで来て対処してくれる。女性が多くて、若い人が元気に働いている。若いけど専門知識も豊富だよ」って、最高じゃないですか。体質が古いといわれる業界にあって、一人ひとりがあらたな時代のロールモデルになっていくのだと思います。(2023年2月取材)

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