目にしたことはあるけれど、なかなか直接馴染みのないお仕事。向陽信和は、建設現場で足場を架ける会社です。企業サイトを開けば、お行儀よくおさまろうという感じもなく、その自由さは何かを期待させます。やんちゃさを隠さずして、『全ての従業員が将来に希望を持って安心して働くことが出来る会社創り』を経営理念とし、手厚い研修体制や、従業員の家族にまで配慮した制度と行事を設けています。「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で審査委員会特別賞を受賞、岐阜県のワーク・ライフ・バランス推進エクセレント企業にも認定。
キラリと光る会社第30回は、向陽信和代表の古澤一晃さんにお話をお聞きしました。
—古澤さんは創業者ですよね?どのような経緯で創業されたのですか。
古澤さん:25歳のときに初めて建設業界に飛び込んだんです。何をするかも知らず、いつも目にしていた「日当3万円」の看板がいよいよ気になり転職しまして。
—何をするかも知らず。
古澤さん:はい、特に興味を持ったこともありませんでした。
—で、肝心の「日当3万円」稼げましたか?
古澤さん:無理でした!あとでよく見てみると、看板にも「日当3万円」の後ろに小さく“可能”と書いてありましたね。死ぬ気で働きでもしない限り不可能だとわかりました。
—あはは。そこまではなんというか割と、「あるある」な感じもしますね。3万円はもらえなかったけど、働き続けた。
古澤さん:そうですね。続けていると、仕事を覚えると同時に、会社というか、業界の課題も見えてきて、もっとなんとかならないものかとは思ってました。
—そうした思いからいまの会社をつくられたのですか。
古澤さん:仕事やお客さんに寄り添う態度が見えないというか、結構な反面教師がいましたからね。独立することになったときについては、持ちかけられたのと話が違うとか、まぁ、いろいろあって困ったのですが(笑)、楽しく働ける会社をつくりたいとの思いだけは最初から持っていて、いまも変わってません。なんとか軌道に乗せることができたのは、いいお客さんに恵まれたからですね。いいお客さんの紹介だとみんないいお客さんという好循環で。
—その好循環、わかります。
古澤さん:いいお客さんのところは従業員もみんないい人たちなんですよね。それと、会社として堅実ですね。この業界、そういう会社と、イケイケの会社とが顕著に分かれてるんで(笑)。
—イケイケ(笑)。
古澤さん:僕は染まりやすいんで、イケイケ側とつき合ってたら自分もイケイケになってました。いまごろここもなかったでしょうね。
—あはは。日給3万円に釣られて業界入りして、イケイケに。
古澤さん:そうそう、いい方に影響を受けたおかげで、会社を潰すのは免れましたね。
—業績も順調に伸ばしていらっしゃるんですもんね。
古澤さん:おかげさまで、赤字を出したのは一度きりです。僕は売上の目標というものを立てたことがないんですよ。このままやっていていいのかとうっすら疑問を感じていた時期に、中小企業のセミナーに参加して、ちゃんと立てよと強調されました。「そうか」と思い、時間をかけて立ててみたんです。それが翌年、リーマンショックのせいで、意味ないどころか裏目でした。やるべきことに注力しさえすれば結果はついてくるのに、要らないことをやるからダメだったという教訓になりました。
—文字通り、いわゆる「高い授業料」だったんですね。以来、「やるべきこと」に注力しているということですよね。それは例えば?
古澤さん:うちがやっている足場は、会社によって部材や工法に大きな特徴や優位性があるわけではないんです。一番重要な、安全を担保することや、スムーズに仕事を進めること、お客さんに気持ちよく接すること、そういうのが信頼につながって、次も選んでもらえるようになるわけですが、結局、働く環境次第なんだと思うんですよ。
—なので、経営者としては、働く環境の改善に注力するのがやるべきことだと。
古澤さん:そう考えてます。うちはほとんどが外仕事で、夏は暑いし、重いものは持つし、体が資本の重労働です。にもかかわらず、業界的にずっと、長時間労働が当たり前だったんですよ。ところが、それに慣れているから、なんとか変えようとしたとき、働く側からも抵抗があったくらいで。
—え?どうしてですか。残業代ですか?
古澤さん:残業代もなんですけど、それだけではなく、物足りない、というんですかね、あるんですよ、独特の体育会系的な…。
—そ、それは独特かもしれませんね…。
古澤さん:でも、長時間労働を続けると体を痛めやすくて、病院にかかれば本人にも会社にも痛手になります。ドライに言うと、ロスです。普段の仕事量を抑えるほうが結局合理的。早く帰れば家族との時間が増えて、家族の、仕事への理解も高まります。それに、うちはここ何年か、積極的に新卒を採用をしているのですが、新卒のように、心も体もできていない状態で、従来の長時間労働の中に放り込めば壊れてしまいます。女性の職人も育てたいし、どう考えても時短の方向に行くしかないんです。だいたい、肉体的にも精神的にも疲弊しながらやるより、元気にやるほうがいい仕事になるに決まってますよね。だから有休も、プッシュしてでも取ってもらいます。それがセルフマネジメントなんだと。
—全面的に、同意する以外ありませんが、仕事量も人の意識も、実際に変えるのは大変だったのではないですか。
古澤さん:会社としてやるのは簡単ですよ。単純に、仕事受けなきゃいいだけの話。業界全体が職人不足なんで、無理して受けて、短期的な利益を追わなくたっていい。理不尽なことを言ってくるお客さんとは次がなくても、それでいいですしね。最初は抵抗があった働く側も、いまでは納得してると思います。
—業界にとって、めちゃくちゃ良いロールモデルじゃないですか。
古澤さん:平気で日々午前様だった体質のこの業界も、時代に合わせてやっと少しずつ変わってきてますね。変わろうと思えば変われるんですよ。
—体質の話で言えば、研修に力を入れていらっしゃいますけど、これも業界では珍しいのですよね。
古澤さん:はい。現場には「背中を見て盗め」みたいなのがあって。職人って往々にして、きちんと教えるということをしませんよね。でもね、しっかりプログラムを組めば早く身につくんですよ。
—確かに、業界問わず職人には、「教わって覚えるものじゃない」という文化が脈々と。
古澤さん:いや、教えればちゃんとできるようになるんだから、もったいぶるなと。
—あははは。御社は新卒採用に力を入れているとのことですから、特にそうした方にとっての入社後の安心感には、大きな違いが出そうです。
古澤さん:そうなんですよ。一通り教えれば、高卒一年後にほとんどのことがある程度までできるようになります。きちんと教えること抜きに現場に出せば、いつまでも中途半端に任せられない状態になって、それって、本人はもとより周りにとっても良くないでしょ。
—本当に。慢性的な職人不足な上に、なろうと思ってくれる人がいないとか続かないとかでは、どうしようもないですしね。業界にとっても死活問題じゃないですか。
古澤さん:まさにそうですよ。うちも採用では本当に苦労して、最初の3年は誰も来てくれなくて心が折れましたから。
—そんなに。
古澤さん:人事担当が「もう辞めます」と泣き出すくらい(笑)。リクルート会社に依頼しても成果なく、それならばと、足で、青森から沖縄まで高校を回って。結果、応募が一件もないと、そりゃあ心も折れますよ。人事担当を、「お前のせいじゃない」と、なんとかなだめながら、「もうちょっとあきらめずに頑張ろう」もうちょっと、もうちょっと…って、やってました。初めて応募があったときはもう、うれしくてうれしくて。そのときに採用した中国出身の従業員は、いまは外国人実習生の取りまとめ役もやってくれています。
—おお。新卒や女性の職人を育てたいというのも、そのようなご苦労を経て、ですかね。
古澤さん:そうです。「やってみたら向いていた」という人がいると思うと、そりゃあやってみてもらいたいですから。経験や体力に劣るなら、補えるような仕組みや環境を整えようと。
—こうしてお聞きしていると、会社のためにしていることと従業員のためにしていることとが一致してますよね。働きやすい職場にするほどに、働く人も定着して、という好循環。イケイケの方に染まらなくてよかったですね(笑)。
古澤さん:そうそう(笑)。うちもまだまだですけど、こうして振り返ると、最初のころから変わりましたよね。従業員も大人になって、成長しますから。創業当時はもう、やんちゃっていうか、悪(ワル)ばっかりですよ。話し方から、報連相、運転のしかた、端から端まで全部ダメ!みたいな(笑)。でも、お客さん仕事なんで、その中で成長するものなんですね。仕事によって成長して、そのうち家庭を持って、そこでまた、人間的に成長して。見てると女性の存在感が大きいんですよ。だから家族は大事だ、会社としても大事にしようと。家族にも安心してもらえるような会社であろうと。
—そこにつながってくるのですね。
古澤さん:業界には昔から、「一人親方」っていうんですか?その名の下に、雇用関係がないから社会保険もナシの形態が、当たり前だったんですね。
—近年の、ギグワーカーの先取り的な。
古澤さん:ですかね。都度、手取りが多少多くても、保障のない中でケガがつきものみたいな現場の長時間労働なんて、やっぱり見合わなくて、働く側に不利だと思うんです。でも若いと、ブラックだろうが自ら目先の手取りを選びがちで。それが、家庭を持つと、多くは女性のほうがしっかりしてるから、心配するんですよ。こちらとしては、まずそういう心配を解消するための雇用形態を整えて、納得して選んでもらえるようにしたい。その上で、子育てしやすい職場を考えたり、家族にとっても、総合的に安心な働き先となれるよう、いろいろ試してきました。
—子連れ出勤とかがそうですかね。
古澤さん:それは評判いいみたいで、定着してますね。子どもたちが職場のキッズコーナーで遊んだり、宿題したりする光景が馴染んできました。家族参加の夏祭りや夏休みにバスを出して親の仕事現場を見に行く「こども参観日」もあるので、子ども同士のコミュニティみたいなのも自然とできてます。
—なかなかすごいことですよね。それにしても、いろいろ取り組まれてますね。経営理念の「全ての従業員が将来に希望を持って安心して働くことが出来る会社創り」の実践ですよね。
古澤さん:まだ足りないと思ってますよ。僕の向き合い方が足りなくて、気づけなくて、会社を離れていってしまった従業員もいます。もっとやれる余地はあると。子育て支援に関しては、例えば学習のサポートとかまで踏み込めたらいいなと考え中です。親の学歴によって格差が…とか言われてるじゃないですか。シャクですから。
—あぁ…、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で受賞するわけですね。
古澤さん:とんでもないですよ。なんでもらえたんでしょうね。あれで受賞する会社さんを訪ねると、うちなんかとレベルが全然違いますから。
—いや、でも、有言実行できている経営者は、その実多くはないですよね。
古澤さん:経営者って、自分のやりたいことを自分で考えながらやれるじゃないですか。悩み多き役割ですけど、楽しみであり、幸せな、魅力ある仕事だと思ってます。我々の、足場を架ける仕事は、いまのところ機械化できる部分が少なくて、重労働を人の力に頼ってます。だったら快適な環境をつくらないと。
—経営者が楽しみな役割でもあるとおっしゃったのは、特にどんなところが、でしょう。
古澤さん:人の成長に立ち会えるっていうのが、一番じゃないですかね。経営者だから気づけることもあるんですよ。化ける奴がいましてね、目の当たりにできると最高ですね。それまであれこれ悩んだことを忘れて、「よし!次行ってみよう!」ってなりますね。
明るいご夫妻です。千明さんは2011年、彩花さんは2018年に入社。いわゆる職場結婚ではなく、出会いは高校時代で、バイト先でも一緒だったというおふたり。写真に写る末っ子の輝瑠(ひかる)くんを含め、現在4人のお子さんがいらっしゃいます。千明さんは現場主任。事前情報では、「大変人望に厚く、仲間から慕われ、お客様からは『ぜひ後藤くんで!』と指名を受けることもある」。彩花さんは、家族参加のイベント時、古澤社長に「好きなときに来て好きなときに帰っていいから」とスカウトされてパート入社、事務方として活躍中とのこと。ちなみに輝瑠くんはこの日も子連れ出勤のお供。何の違和感もなく溶け込んでいる様子でした。
千明さん:夫婦で同じ職場というのには、最初は気が進まなかったんですけど、考えてみれば自分は職人なので事務とはあまり顔も合わせないし、まぁいいかなと(笑)。子連れ出勤で、子どもまで会社に来てるんで、いまでは家族みんな、会社でお馴染みになりました。職人同士は、現場ごとに分かれて働いていて、日ごろ接点のない同僚もいるものなんですが、うちの会社はイベントが多く交流できて、しかも家族も参加できたりするから、家族ぐるみで仲良くなることもあります。そういうのも働きやすさにつながっていると思います。
彩花さん:家族にやさしい会社だと思います。子連れ出勤は、コロナ禍ですごくありがたかったですし、夏休みや、子どもが骨折して学校に行けないときにも、会社には連れて来られたので、本当に助かりました。ほかにも子連れ出勤している従業員がいて子供同士が顔馴染みなので、一緒に会社に来るのを嫌がるどころか好きみたいです。社長は、基本、愉快でやさしい人です。厳しいときもあるけど、それはだいたい、従業員の身に危ないことがあったときとか。働く私たちのことを真剣に心配してくれてるんだなぁと感じています。
向陽信和の「私の経営理念」にはこうあります。「『会社は誰のモノか?』という議論があります。「株主」「経営者」「社員」「お客様」etc.多くの専門家が意見を述べていますが、どうも株主のモノであるという意見が主流のようです。多くの株主から資金を集める企業では、「社員」と「お客様」も大切だけれど「株主」は絶対に無視できない存在の様です。お陰様で私は、「社員」と「お客様」だけを向いて経営をさせて頂いています。」これを読んで、実はちょっと笑ってしまいました。どこか人を食ったようなユーモアがじわじわくると言いましょうか。立派な経営理念を掲げる会社は多いけど、向陽信和はそれを本気で実践、実現しようとしている会社。業績は好調。声も表情も明るい従業員の方々に見送られて、「いい会社だなぁ」と、「立派だなぁ」と、感じ入る帰り道でした。(2022年5月取材)