キラリと光る会社
ケアーズ

株式会社ケアーズ

ケアーズイラストイメージ

平成元年に、東京都江東区森下に創業した、アンティークウォッチ専門の会社。森下本店のほか、表参道ヒルズと東京ミッドタウンに直営店を構え、販売のみならず、修理に力を入れています。社員25名のうち、修理に携わる職人は8人。手巻、自動巻であれば、メーカーを問わず対応する、腕時計専門の貴重な修理工房でもあります。収集家や趣味人を中心に多くのファンを持つケアーズは、高級ブランドを販売します。しかしそのビジネスは、決して富裕層のみを見ていません。修理に力を入れるのは、高い時計ではなく、「長く使える時計がいい時計」という考えのもと、本当に愛せる時計を末永く使ってほしいとの思いからです。
キラリと光る会社第6回は、ケアーズの川瀬友和社長にお話をお聞きしました。
ケアーズ公式サイト

「CARES(ケアーズ)」の名が表すように、修理に重きを

—社名から察するに、最初からアフターケアに力を入れるつもりで創業されたのでしょうか。

川瀬社長:そうです。修理に関しては、私自身も創業前、アメリカや香港に修行に行っていますし、一貫して力を入れてきました。

—海外まで修行に行かれて。

川瀬社長:日本で学べたら良かったのですが、そのとき既に30歳だった私を、受け入れてくれる先がなかったんです。25年以上前ですが、とうの昔にクオーツが主流になっていた時代です。その頃はまだ、日本の時計屋さんに修理の腕を持った職人さんがいましたが、中学卒業後に丁稚奉公からその道に入った人たち。30歳から入門だなんて話にならないと言われました。

—それでアメリカや香港に。あちらは事情が違ったのですか。

川瀬社長:これがぜんぜん違いまして、やる気さえあれば誰だってウエルカム!という感じでした。とはいえ、お金もなくて、なかなかみっちり居続けられなかったため、ビデオカメラで撮影して、日本に戻ってから繰り返し見て学びました。どうしてもわからないところは、また舞い戻って教えてもらったりして。

—そうやって習得されたなんてすごいですね。

川瀬社長:向き不向きがある仕事なんだと思うんです。私は機械のエンジニアだった父親の血でしょうか。向いていたみたいです。時計のパーツは非常に繊細で、鼻息で飛ぶようなものもあります。手先が器用なことと、細かい作業を集中して続ける適正がないとどうしようもないんです。

川瀬社長

お洒落な大人の見本みたいな川瀬社長。さすがです。

社長の前職は水泳の指導員。時計で生きてゆきたい一心で起業

—なるほど。30歳までは、やはり時計関係のお仕事をされていたのですか?

川瀬社長:まるで関係のない仕事です。私は体育大出身なんです。卒業後はスポーツクラブで水泳の指導員をしていました。

—ええっ!それは意外…。そこからなぜ時計に?

川瀬社長:時計が好きすぎて(笑)。水泳の指導員として、7年間サラリーマン生活をしていたものの、気持ちが抑えきれなくなってしまったんですよね。父からもらった、もう動かなくなった古い時計の裏を開けて直そうとしたりしてましたもんね。もっと壊しちゃいましたけど。

—そうですか(笑)。好きすぎて仕事にしたかった。

川瀬社長:最初はスポーツクラブでの仕事を半分くらいに減らしつつ、パートタイムで続けながらでした。代々木で開催されていたフリーマーケットに出店するところからスタートしたんです。

—仕入れはどのように?

川瀬社長:今のように海外に買い付けに行けるはずもないですし、第一、情報がないから、街の時計屋さんを原チャリでまわって、古い手巻きの時計を安く譲ってもらっていました。もう国産のものはクオーツでなければ時計じゃないくらいの感じだったので、売れ残って、埃をかぶっているものを二束三文で買わせてもらうんですね。そんなだとお客さん扱いもされず、冷たくあしらわれることもありましたけど、私が修理に興味があると知って、バラして見せてくれた人もいました。30歳から修理を学ぶなんてありえないと聞かされたのは、その時分でした。

—では、当時としては相当変わったことを考えていたということですよね。それでも買い付けた手巻き時計はフリーマーケットで売れたのですか?

川瀬社長:それが売れたんですよ。扱っていたのは街の時計屋さんで譲ってもらった時計ですから、ほとんど国産です。それでも、1日の売り上げの最高額が50万円にもなりましたからね。古いものが好きな人間は、ほかにもいるんだという感触をつかみました。

—すごい!それで、これはビジネスになると。

川瀬社長:はい。ちょうど時計の専門誌も創刊されて、時代に乗れたんだと思います。アメリカのフリーマーケットを視察に行った知人が、あちらではアンティークウォッチの市場もきちんと存在すると教えてくれて、これは日本でもやれると思いました。とはいえ、目標なんてまったくなかったですよ。好きな時計で生きてゆきたい。その一念です。

—表参道ヒルズや東京ミッドタウンに出店されていますが、そうした華やかなところをめざしていたわけではなかったのでしょうか。

川瀬社長:ないですね(笑)。前述したように、たまたま時代に乗れたにすぎないと思っています。幸運にも、声を掛けていただいて出店の運びとなった。ありがたいことですが、今後さらに店を増やそうとか、例えばオリジナルで商品開発をして事業を拡大しようとか、まったく興味がありません。

森下本店

メンズウォッチ専門の森下本店。修理工房もこの本店の3階にある。

めざすのは、拡大ではなく充実

—そうですか。では、会社としてめざすところはどこでしょう。

川瀬社長:拡大ではなく充実です。いかにして、お客さまにご満足いただけるものを探せるか、スタッフの本物を見る目を磨くこと。うちは、オリジナルコンディションにこだわっています。お客さまに、「ここで買うと安心」と信頼してもらい続けるためにも、真贋を見極める目を持ってなければいけません。そして、引き続き修理に重きを置くと。これは、私たちのアイデンティティとも言えます。

—ということは、やはり人材が重要になりますね。

川瀬社長:スタッフが財産ですね。うちにとって命ともいえる買い付けには、営業スタッフ(店頭に立つスタッフ)全員に、いずれは経験してもらうようにしています。ずっと、毎月のようにアメリカ、ドイツに行っているのですが、ものをいうのはコミュニケーション。お金を積めばいいとか、逆に値切ればいいというものではなく、いかにディーラーと信頼関係を築けるかが大事です。結局、すべての源はスタッフのやる気なんですよね。時計に対する愛情もですが、お客さまがどういうものが欲しいかを理解して、喜んでもらいたいという気持ちがあれば、自ずと熱が入るものです。

—どんな仕事、会社もそうですが、確かに、スタッフのやる気ひとつにかかっていますね。

川瀬社長:特にうちのようなビジネスは、スタッフのモチベーションが低くなってしまったらダメです。利益だけを追うなら、富裕層をターゲットにして高級品ばかり扱えばいいですが、違いますから。時計が好きで、大事にしてくれる人に買ってもらいたい。だからスタッフにも、そういう価値観が求められます。

—ケアーズさんには、自然とそういう人材が集まりそうです。

川瀬社長:そうですね、モノにこだわる人間が多いですね。採用のときも、アンティークに詳しいことは必須条件ではないんです。ただ、時計に限らず、古いものが好きだとか、昔の職人の仕事が好きだという人は、この世界にとけ込みやすいです。

※ アンティークウォッチには、文字盤とケースの年代が異なったり、針が最初のものと異なるなど、当時(オリジナル)の状態ではないものも多い。

修理工房

静かに仕事が進められてゆく修理工房。女性の職人さんも。

時計を通じて、アンチ大量生産大量消費のメッセージを送りたい

—川瀬社長の時計愛は、ビジネスにされて25年以上経った今、変化しましたか?

川瀬社長:いやいや、中学生のとき以来、変わってないですね(笑)。昔と比べて、好みは変わってますよ。だけど、時計愛そのものは変わってません。時計が好きだから、アンティークなんです。なぜなら、昔の時計は、壊れないから長く使えるのではなく、壊れても修理ができる構造だったから、長く愛用できるんです。私が考えるいい時計は、高い時計ではなく、長く使える時計。きちんとメンテナンスすればずっと使えて、だからこそ、形見として受け継いだりもできる。

—だから、ケアーズさんは修理に力を入れる。

川瀬社長:そう。修理に力を入れるといっても、修理で儲ける気はありませんよ。利益のためじゃなくてサービスです。せっかく買っていただいた時計を大事に使い続けてもらうために。

—素晴らしいですが、ひとつの時計をずっと大事に使ってもらって、修理で儲けないとなると…。

川瀬社長:あはは。あんまり儲からない構造ですね。だけど私たちは、アンチ大量生産大量消費のメッセージを時計を通じて世の中に送りたいんです。時計に限らずですが、メーカーの戦略に乗って、ニューモデルを追い続けるのはもうやめようと。今の時代だからこそ、必要な価値観なのではないでしょうか。

川瀬社長

お話ししているうち、時計ずきの少年だったときの様子が目に浮かんでくるようだった。

ケースに並ぶ商品

ケースに並ぶ商品には、それぞれの物語が感じられ、時計に詳しくなくとも見入ってしまう。

イチオシ ケアーズのじまんの人 樋口晴一さん 大町敦さん
樋口(左)さんと大町さん(右)

入社半年に満たない樋口さん(左)と大町さんは、どちらも店頭で販売をおこなう営業スタッフ。どこか初々しくもありながら、仕事への希望に満ちているよう感じられます。

樋口さん:地元の三重県で、今とはまったく異なるジャンルの営業職に就いていました。残念ながら現在オーバーホール中で、今日はしていないのですが、祖父が、愛用していた1969年製のロレックスを私に遺してくれました。三重の田舎の人にしては趣味が良かったのでしょうね。こういう会社に就職できたことを喜んでくれていると思います。ここの雰囲気が好きですし、自分に合った職場で働けて嬉しいです。高価なものを扱うだけに、まだ触るだけでも緊張するくらいですが、知識を増やして、時計のことならなんでもわかるような人材になりたいです。

大町さん:前職は楽器屋さんで、やはり販売を担当していました。お客さまの側にこだわりのある人が多いのは共通していますが、時計のほうがさらに奥が深いかもしれません。小学生の頃から時計が好きだったので、お客さまとの時計談義がとても楽しいです。プロのように詳しい方も珍しくないので、教えてもらうことも多いですね。アンティークは、オンリーワンの宝探しに惹かれます。仕事における第一の目標は買い付けに行くこと。その先の目標は、多くのお客さまに指名してもらうことです。要求されるレベルが高い世界なので、やりがいがあります。

※ 時計を分解して清掃、調整することで、定期的に必要なメンテナンス。機械式時計を良い状態に保つためには、3~4年ごとに行うのが望ましいとされている。

編集後記

生意気にも誤解を恐れず言わせていただくと、川瀬社長には、「この方は基本的にビジネスマンではないんだな」という印象を強く持ちました。でもそれが、ビジネスとしてもいいのだと思います。アンティークウォッチをこよなく愛するようなお客さんには、そうあってほしい理想の社長さんで、会社なのではないでしょうか。ケアーズのお店には、いわゆる高級時計店のきらびやかさより、うんと落ち着いた空気が流れています。販売の方も、雰囲気になじんでゆったりとしていて、そろばん勘定が感じられないのです。お財布の厚くないアンティークウォッチ初心者も、やさしく迎えてくれます。そして自慢のアフターケア。時計メーカーは、もちろん修理に対応してくれますが、そこでは当然、ロレックスならロレックス、オメガならオメガの時計を直すわけです。ケアーズには、さまざまな時計を直す職人さんがいます。若い職人さんたちを育てる、貴重な受け皿にもなっているのです。整然とした修理工房での、職人さんたちの姿には、うっとりしてしまいました。そこにはちゃんと、川瀬社長の席もあり、使い込まれた工具が並んでいるのでした。(2014年7月取材)

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