日本人のわかめ食の歴史は、なんと1600年と言われているそうです。そのわかめ発祥の地とされる徳島県鳴門市で、小規模ながら大手を凌ぐほどの製造・加工技術とトレーサビリティ体制を整えたうずしお食品。あたらしいマーケットの開拓やフランス企業との連携など、伝統に甘んじることなく挑戦し続けてきました。日本における水産業、ひいては“食”の現在・未来に危機感を持ち、地元では「異端児です」と笑う現社長の、わかめに対する思いは熱いです。産地表示に関するショッキングはお話も。
キラリと光る会社第47回は、うずしお食品代表の後藤弘樹さんにお話をお聞きしました。
—1977年創業の、後藤さんで二代目ですよね。
後藤さん:現在の会社としてはそうなのですが、前身となる事業を始めたのは祖父で、そこから数えると三代目ですね。おじいちゃんは鳴門でわかめ養殖を始めた人なんです。現在のような加工法を始めた人とも言えると思います。
—すごいじゃないですか。
後藤さん:当時は築地に自社便で運んでいたんですよ。鳴門はわかめ発祥の地とされていて、ここから全国の生産地に広がったと言われているのですが、おじいちゃんは広げるためのかなりの部分を担いました。ところが会社が倒産してしまいまして。
—どうしてまた。
後藤さん:価格競争が激化したんです。産地偽装が横行しまして、安い商品が「鳴門わかめ」としてどんどん売られてしまった。
—「鳴門わかめ」の本家が、「偽鳴門わかめ」にやられてしまった。
後藤さん:そうなんです。この問題はいまに至るまで続いていまして、鳴門わかめに関しては、もうしょっちゅう、産地偽装が指摘されている状態です。
—ええっと、しょっちゅう?
後藤さん::産地として恥ずかしい限りですけど、偽装するのは地元とは限らず、他県の業者から大量に出荷されている例がたくさん明るみに出ています。「鳴門わかめ」と書いてあっても、鳴門産ではない確率はかなり高い。
—ええええ!私もよく買ってますよ、鳴門わかめ。鳴門でなければどこからきてるんですか?
後藤さん:中国です。
—なんと。「おいしい鳴門わかめ」と思って食べてきたのは、おいしい中国わかめだったかもしれないんですね。
後藤さん:結構な確率で、そうだと思います。もちろん、産地偽装は悪いですよ。でも、現在の中国のわかめの品質は決して悪くないですしね、一般の方が食べてすぐにわかるようなものでもないんです。
—それほど偽装が多いとは、なかなかショッキングですね。そんな中で、うずしお食品さんでは、鳴門わかめを貫いていらっしゃる。
後藤さん:フランスの企業との連携で、一部ブルターニュ産のわかめも扱っていますけど、はい、うちは「徳島県鳴門わかめ認証制度」の第1号事業者なんです。トレーサビリティを徹底していまして、水産加工業者としてトップレベルの体制を構築してきました。自分たちのブランドを守るためにも、本来、産地をあげて行うべき取り組みですよね。
—他に、真っ先に浮かぶのは三陸わかめですが、あちらの事情はどうなのですか。
後藤さん:三陸は進んでいます。しっかり管理されてるんですよ。
—三陸では。
後藤さん:一昔前まで、わかめの名産地といえば鳴門でした。代名詞だったんです。後発の三陸は、ブランドとして弱かったがゆえに、育てていく必要があったという事情も手伝って、要するに産地として頑張ったんですよ。いまでは生産量も圧倒的にあちらがまさってますしね。
—全然知りませんでした。
後藤さん:僕なんかは、ずっと前から危機を感じてまして、東日本大震災の半年前に三陸の産地を訪ねたんです。「わかめの種(種苗)をください」って、養殖やってるところをまわってね。財産ですから、「なに言ってるんだ」って怒られ続けました。でも1ヶ月粘ったんですよ。自然環境も社会環境も厳しくなるばかりで、「これからは鳴門のだけじゃもう戦えない」って。あんまりしつこかったからでしょうね、「ほら、持ってけ」って、一本だけくれたんです。こっちに戻って大事に育てました。その後、あの震災が起きたんです。三陸の産地は、ご存知の通り壊滅的な被害を受けて、わかめも根こそぎ流されてしまいました。あるとき、僕が持って帰って育てたわかめを戻してくれないかという話があり、いやさすがに、かなりコストもかかってますしね、通常ならありえないのですが、事情が事情だけに、培養したものを戻したんですよ。以来、それを恩に感じてくれて、三陸の情報を惜しみなく提供してくれるようになりました。
—めちゃくちゃいいお話じゃないですか。東日本大震災のあとの三陸の牡蠣養殖を助けるために広島の漁師さんたちが…というのが話題になりましたよね。わかめでもあったんですね。
後藤さん:はい、実は、偶然にも。いまうちは、6カ国に輸出しているのですが、三大海藻と呼ばれる、わかめ、こんぶ、のりの可能性は、まだまだあると思っています。僕らはわかめを担っているわけですが、産地を超えてAll Japanで世界に打って出たいんですよ。
—健康志向も高まっていますし、素人の感覚でも、確かに海藻の可能性は無限な感じがします。御社はフランスの企業と提携しているそうですけど、海外にはかなり前から目を向けていらしたのでしょうか。
後藤さん:まだほとんど誰も言い出していなかったころからです。初輸出まで27年かかりました。
—誰も言い出さないのに、なにがきっかけで、後藤さんはそういう思いを抱いたのでしょう。
後藤さん:僕は元々、家業を継ぐつもりもなく、35年くらい前に17歳でアメリカに行かせてもらったんです。若かったですしね、アメリカにい続けてお好み焼き屋をやろうなんて思ってました。あちらでいろんな人に会って、刺激を受けて、そのときの経験が大きく影響していると思います。こっちに戻れば、だから異端児なんですけどね(笑)。例えば海外に進出するとか、All Japanを実現するとか、大企業がやったとして、「大企業だからできる」って言われるじゃないですか。僕に言わせれば、中小企業がやるから夢があるんです。
—現在、何名でやっていらっしゃるんですか。
後藤さん:23名です。
—我々も御社の取材前、フランスで養殖されたわかめを現地で食べて、その味が日本人的にはあまりにひどすぎたという体験から、ブルターニュ地方の企業と業務提携をして…という記事を読んで、「鳴門わかめの会社がブルターニュのわかめを!」と思いました。おっしゃるように、大きな商社などではなく、ローカルの生産者だからこそ、そこから感じられる夢みたいなものを受け取って。ところでそんなに、おいしくなかったのですか(笑)。
後藤さん:いやぁ、あれはもうありえないくらい。こんなこと言うと実際に食べているフランスの人たちに悪いのですが、大人でも思わず吐き出してしまう…後味だけでもずっと気持ちが悪かった。代々わかめを食してきた日本人とは食べ方も違うんですよね。ブルターニュといえばガレットが有名ですが、生地に粉末状のわかめを入れたりして、おいしさというよりも健康に良いという理由で使われているようです。日本人的にはとても食べられない味だし、その上値段も高いんですよ。
—なにが違って、そこまでおいしくないのでしょう。
後藤さん:加工です。だから、提携してからはこちらの加工技術を徹底して取り入れてもらいました。
—それだけお聞きすると、長年のノウハウを一方的に提供しているように思えますが、提携によって御社にもたらされる良きものは?
後藤さん:フランスの海は日本の海の、言ってみれば50年前の状況で、日本よりずっと、環境が守られていて豊かなんです。加工が悪いだけで、海では高品質のわかめが育っているし、制度も人々の意識も進んでいて、長期的な視点で資源を保全する取り組みが当たり前に行われいるので、ひょっとして日本のわかめ養殖より先があるんじゃないかと思うんです。例えば農薬も、農産物を食べる人の健康や、土壌や周辺環境のみならず、海洋への影響まで考慮して規制されていて、「次の世代が困らないように」と口々に話すんですよね。SDGs的な発想が根付いていると感じます。いまのうちにわかめをあちらで作れるようにしておけば、もしも日本でむずしくなる日が来たとしても、わかめ産業やわかめ食の文化は当分絶えないですから。
—そうかぁ。日本の水産周りの環境は、年々厳しくなっているといろんなところでお聞きしますが、わかめもそうですか。
後藤さん:鳴門でわかめを生産できる日数は、かつてに比べて50日も減っています。11月上旬に行っていた種付けは、水温が下がらず12月に後ろ倒し。その分収穫も遅くまでできるかというと、水温が早く上がってしまうのでそうならない。温暖化の影響だと考えられますが、変化はすでに相当なものです。
—50日も……。
後藤さん:この辺りにもサンゴが群生してきていたりと、かつての海からすっかり様変わりしつつある。水産のみならず食料全般の持続可能性について、この国は圧倒的に危機感が足りないですよ。
—うずしお食品は、そういった観点からも、いろんな取り組みをされていますね。
後藤さん:わかめの、食用に適さない部分を、フードロスや廃棄物を減らすために有効活用ができないかと試行錯誤した末、発酵させた液体を豚の飼料に加えるところに辿り着きました。人間の腸内環境を良くすることで知られるわかめです。これが豚にも効果をもたらすようで、抗生物質などを与えなくても健康な豚がよく育つ結果が得られました。「わかめ豚」と名付けられて、おいしいと評判ですよ。この発酵液は農作物とも相性がよいらしく、さまざまな作物で効果が出ています。
—そうですか。わかめをはじめ海藻は、人の健康によいのはもちろん、CO2を多く吸収する点でも注目を集めていますよね。
後藤さん:ブルーカーボンですね。そういうことも、フランスに技術提供するモチベーションにつながっています。やってみないとわからないことは多いですけど、みんながやらないならうちがやろうと、そういう会社です。
—これからも、ポジティブに攻めていく、うずしお食品ですか。
後藤さん:そこは間違いないですね。
2012年に入社。原料部で生産・原料管理を担当。鳴門出身で、同業の家に生まれたという仲井さんにとって、わかめはずっと身近な存在でした。うずしお食品には高校3年生のとき、ボイルの季節アルバイトで入ったのが最初。「時給が高くて人気」だった。神戸の大学に進んだものの、地元が好きで、うずしお食品の繁忙期には戻ってアルバイトをして、卒業後に入社を希望したという方です。「めちゃくちゃ笑顔ですね」と声をかけると、「いつもです」と答える、鳴門のサーファー、仲井さんでした。
生産と加工の両方に携わっています。生産に関しては、海の環境の変化の大きさと、漁師さんの減少という向かい風の中で、産地としての持続可能性に挑戦しています。鳴門が好きなので、鳴門ブランドの向上に使命感みたいなものを感じてます。加工は、誰にとっても年に一度しか訪れない仕事なので、失敗できないむずかしさがあります。海で育つわかめの品質は、毎年一定ではないですし、マニュアルは通用しません。微調整しながら慎重にやるのみです。僕は男性では最年少なんですけど、年齢に関係なく意見が言えるのがうずしお食品、社長もそういうのを良しとする人です。親身になって怒ってくれる上司がいて、みんなで向かっていく方向も明確で、小規模ですがちょうどいいと感じています。僕はゴルフとサーフィンが趣味なので、そういう趣味を持てる環境としても恵まれていると思います。仕事は頑張ってますけど、子育てにはちゃんと取り組めていないので、目下の目標は「子育て」です。
産地偽装横行のお話に、フランスのわかめの味のお話に、「ええー!」の連続でした。でも本当に驚いたのは、うずしお食品さんのフットワークの軽さやチャレンジ精神です。何かに、どこかに、可能性を見出して動き始めるのだとしても、そうすることで、結局は後藤さんらが自ら、可能性を生み出しているのですよね。結果は一朝一夕には得られず、何年も地道に取り組み続けてきたことは少なくありません。でもそうしたいくつもの挑戦が、会社そのものとなり、だからうずしお食品は、独自性にあふれているのでしょう。現在、関連会社のシーコックトモエを任されている渡部さんは当初、うずしお食品に収穫のアルバイトで入社しました。“じまんの人”仲井さんしかり、「うちはそういう人が多い」のだそう。「できる経験がハンパない。めちゃくちゃやりがいがあります!」とおっしゃっていました。(2024年5月取材)