岩手県八幡平市で、全国的にも珍しいマッシュルーム栽培をスタートさせたのは、「生涯馬乗り」を名乗る、企業組合代表の船橋慶延さん。高校時代に乗馬を始めて以来、人生のほとんどの時間を「馬」に費やしてきた方です。ほとんどの引退競走馬がたどる、悲しい最期に胸を痛め、その命をのんびりまっとうさせてあげたい一心でたどり着いたのが、馬ふんの活用。地熱を利用して発酵させた馬ふん堆肥と、欧州では馬の施設の副業の定番というマッシュルーム栽培で、馬の平和な余生を守ることをめざしています。
キラリと光る会社第13回は、ジオファーム八幡平の船橋慶延さんにお話をお聞きしました。
—船橋さんはもともと、オリンピックを目指すほど、本格的に馬術競技に取り組んでいたんですよね。
船橋さん:はい!今もそうですよ。今も、できることならそればっかりやっていたいです(笑)。
—そればかりやるわけにはいかないから…。
船橋さん:もちろん、自分と家族が食べてゆくためということもありますが、馬たちの行く末を安心なものにする仕組みづくりは、僕だけではなく馬乗りみんなの願いなんです。
—ずっと、馬関係のお仕事をされてきたのですよね。
船橋さん:ずっと。馬と一緒にいられて、自分たちの食いぶちにもなる仕事を求めて、栃木、大阪、北海道と転々としながら、縁あってこの地にたどり着きました。
—その間ずっと、引退競走馬の行く末に心を痛めてきたんですね。
船橋さん:馬は僕の人生そのものです。馬と、いかに信頼関係を強くして、「人馬一体」の境地にいたるかが競技者としてのテーマでもあります。馬は、信頼し切ったリーダーが求めれば、目の前に崖があろうと進む生き物なんです。競馬でも、馬術競技でも、人と馬は、そんな関係を築こうと取り組みます。そうでないと結果は出せません。この向き合い方は、明らかに、最初から食用にするために飼育する家畜に対するものとは違いますよね。そうやって関係を築いてきた馬なのに、年をとったり、見込みがないとされると、「処分」されてしまう。馬乗りとして耐えられることではないのです。なんとしてでも変えたい。
—だけど、たくさんの馬たちが、そうした運命をたどる代わりに、のんびりと余生を送ってもらうには、膨大な費用がかかってしまうわけですね。
船橋さん:そうなんです。だから、仕組みづくりが必要なんです。馬との共生を成り立たせるための手段を、ずっとずっと考えてきて、今していることはひとつの答えです。僕や僕の仲間だけが、いくら頑張っても、すべての馬が救われるわけではありません。だけどうまくできればモデルケースとなり、広めてゆくことができます。
—そんな思いで、まずは馬ふん堆肥を商品化した。
船橋さん:はい。放牧でのびのび草を食んで暮らす僕らの馬由来の「THEプレミアム馬ふん堆肥」は、サラサラで臭いもなく、植物に穏やかに作用するので、発売以来、非常に好評です。東京銀座にあるビルの屋上庭園にも使われたんですよ。
—見せていただいたら、不思議なくらい臭いがなく、本当にサラサラしていますよね。
船橋さん:まず第一に、ここの馬はほとんど草しか食べていないので、動物の排泄物でありながら、いわば植物性ですよね。そんな馬ふんを、一次発酵、二次発酵にそれぞれ一ヶ月かけ、最後に二ヶ月以上の熟成期間を設けてつくるのが「THEプレミアム馬ふん堆肥」です。山の土のような匂いなんですよ。肥料として優れているのは、馬の腸内に存在する微生物も関係しているとも言われています。大きな特徴として、この馬ふん堆肥には、土と同じく直接植物を植えることもできます。
—そうなんですか?肥料というものは、あんまりたくさん使ってはいけないものだと思っていました。「肥料焼け」って言いますもんね。
船橋さん:ふつうはそうですよね。
—へぇ。すごい、馬ふん(笑)!
船橋さん:ジオファームとして本格的に事業化するにあたり始めたマッシュルーム栽培は、この、堆肥の製造販売の延長線上に見えてきたものです。
—なぜマッシュルームだったんですか?
船橋さん:マッシュルームは、基本、馬ふんでつくるんですよ。
—ええっ!そうなんですか?
船橋さん:別名「馬ふんキノコ」ですよ。ヨーロッパでは、馬のいる施設が、副業的にマッシュルームを栽培をして販売するのは珍しくないらしいです。
—なんだか次々知らないことばかりの馬ふんトリビアですが、馬ふんがマッシュルームの肥料に合っているのですか?
船橋さん:というより、もともと馬ふんから自然発生したキノコが一般に食べられるようになったと言われているみたいです。それがマッシュルーム。
—そうだったんですか。それは本当に、「馬ふんキノコ」ですね。
船橋さん:そうなんです。ここ、八幡平は温泉でも知られていますが、早くから地域をあげて地熱の活用を模索している地でもありました。その地熱を利用して温度管理をしながら馬ふん堆肥とマッシュルームづくりをすることを目指す。それが私たちジオファームです。
—素晴らしく、無理も無駄もないですね。
船橋さん:そうなんですよ。そうなんですが!まだ僕らの力不足で、マッシュルームの培地を自前にできていないんです…。
—培地、ですか?馬ふんベースなのですよね。
船橋さん:それが、第一に、現在うちで管理している14頭の馬だけでは量的にまかない切れないのです。ですから、今のところ自前なのは「THEプレミアム馬ふん堆肥」で、マッシュルームの菌床培地は、ヨーロッパからの輸入ものを購入しているのです。
—なるほど…。
船橋さん:そのためにコストは高くなってしまいますし、理想の循環を確立するにはまだまだ課題ばかり。もう、全部が課題!
—本職馬乗りの船橋さんが…。頑張っているんですね。
船橋さん:ここは、馬ふんはもちろん、地熱と、岩手山の伏流水も利用できる理想的な環境。栽培には農薬も必要ありません。だからこそ、頑張らないと。
—肝心のマッシュルームの評判はどうですか。
船橋さん:マッシュルームにはホワイトとブラウンとありますが、特にブラウンマッシュルームは国内で生産しているところが少なく、喜んでもらえています。試食しておいしくてびっくりしたと言ってもらえることも多くて、都内を中心にチェーン展開する高級スーパーや、レストランでも扱ってもらっています。
—すごいじゃないですか!
船橋さん:おかげさまで。僕自身は、馬だけでなく、人も食べさせないといけない立場になり余裕ゼロですけど(笑)。
—まだこれからなのですね。でも、その志とお人柄で、応援してくれる人は多いのではないですか。
船橋さん:それにはもう、感謝しかありません。マッシュルームも、「値段は関係ない」と言って買ってくれる人もいます。僕らも、本来の目的が馬との共生であるため、思いを伝えながら売りたいと思っているので本当にありがたいです。ただ一方で、丁寧に伝えたいと思うほどに、さばける量の限界が近くなってしまいます。そのあたりのバランスも、まだ模索中です。まずは安定的な生産量を維持できるようにならないといけませんし、本当に課題ばかりなんですよ…!
—すべては馬のために…。
船橋さん:はい!馬を守ってやれなくて、悲しい思いは嫌というほど味わいました。精一杯やるしかないです。実は培地づくりにもいよいよ着手しようと、段取りを進めているところです。麦から栽培して、人間と馬できれいに消費し循環させる計画なんです。やはり地熱を活用します。壮大ですが、やるからにはやります。見ててください!
—すごい!見てます、見てます!
船橋さん:頑張りますよ!
取材時9歳の北海道出身の騸馬(せんば:去勢した馬)。「キサキタ」はインドネシア語で「私たちの物語」の意味だそうです。ロマンを感じさせるお名前♡
とにかくおとなしくものわかりのよい馬。驚くほど周りのことが見えていて、まるで動物タレントのように理解して動く、いわゆる「空気を読む」ところが特徴。そのため、取材などの対応は、だいたい担当しているそう。子どもっぽくはしゃぐ一面も持ち合わせているのがまた、たまらなくかわいいと船橋夫妻。以前は競走馬だったそうで、そのころは意外なことに、人を選ぶ、ちょっとうるさい馬だったのだとか。
船橋さんへの取材は2度目で、最初のときは2年くらい前でした。馬と土と、今は馬ふんにまみれて(笑)お仕事なさっていながら、まわりくどい表現ですが、白い、洗い立てのオーガニックコットンのシャツのようなイメージの方です。混ぜ物がなくて、さらりと軽やか。邪心や欲が感じられない、どこまでも自然で明るい笑顔は、奥さまの友紀恵さんも、これまた同じなんです。マイナスイオンが発生しているようなおふたりです。
自身も馬に乗る友紀恵さんは、馬乗りとして生きたい船橋さんとふたりのお子さんとの生活を、理学療法士として経済的にも支えてきました。船橋さんも「馬との生活を優先して全国を転々とするし、こんなのにつき合うなんて、ほかの人ならありえませんよね」と、感謝してもし足りないそうです。出会ったとき自分の馬を所持していた船橋さんが「お金には困っていない人に見えたのに騙されました!」と笑う友紀恵さんですが、船橋さんが、我欲のためのワガママを貫く人なら、こんな風には笑顔できませんよね。まったくすてきなおふたりです。そして八幡平マッシュルームは、本当においしいです。(2015年11月取材)