キラリと光る町
檜原村

東京都西多摩郡檜原村

檜原村の所在地

檜原村は、東京都では島嶼部を除きただひとつの村。ブナの残る自然林「東京都檜原都民の森」を有する、人口2,400人ほどの緑の深い村です。地元の資源を活かそうと、山里ならではのワークショプを開催して都心からのショートトリップを誘ったり、新しいアイデアで林業の復興にチャレンジするベンチャー企業がその名を轟かせていたり、元気な評判が聞こえてくる檜原村。行政も、意欲的な取り組みをさまざましていそうです。
キラリと光るまち第8回は、檜原村の坂本義次村長にお話をお聞きしました。

檜原村公式サイト

勉強も、ゴロゴロもしたくなる木の教室

坂本村長

—小学校を拝見してきました。木の香りがして羨ましかったです。

坂本村長:そうでしょう。地元のスギやヒノキを使って、学校の木質化を進めています。最初は障がいを持つ子どもたちの教室でした。そしたら、すごくうれしそうに、ゴロゴロしたんですね。

—ゴロゴロ、したくなりますよね。

坂本村長:そうそう。これはやはりいいものだと思い、ほかの教室や廊下、トイレなど、徐々に増やしてゆきました。木にすると雰囲気もいいですけれど、免疫力がアップするといわれていて、インフルエンザが驚くほど減ったり、より学習に集中できるようになったという声が聞こえてきたり、それに、地元の木や山を意識するきっかけになるのでしょう。やって正解でした。

—いいことづくしじゃないですか。でも、なんとなくわかる気がします。そうそう、図書館も木造りで、素晴らしいですよね。

坂本村長:すごいでしょう。

—はい。とても立派でした。靴を脱いで上がるのですものね。

坂本村長:子どもがゴロゴロできるよう、土足禁止にしたんです。

—本当に気持ちが良かったです。それに、立派に建てただけではなく、大事に利用されている感じが伝わりました。

坂本村長:あそこは自慢の図書館。村の財産ですよ。本当に、木材はいいことばかり。住んでみたらわかるよ。

—坂本村長も木の家にお住まいですか?

坂本村長:実は建てたの。そこでオカリナを吹くんだよ。

—あ!村長はオカリナの名手だとか。

坂本村長:保育園や小学校の行事に出かけて行って吹くんですよ。小さな子どもたち向けにはトトロとかポニョ。「村長の坂本義次(よしじ)ちゃんです!」って挨拶するから、私は子どもたちに「よしじちゃん」と呼ばれてますよ。

—あはは。それはきっと、全国的にも珍しい首長さんですね。

小学校の教室

木質化した小学校の教室。こういう教室で学んだことも、檜原っ子の思い出になるのでしょうね。

独自のキャッシュバックシステムで、子育てを支援

坂本村長:私はいろいろと、珍しい首長ですからね(笑)。変わってるの。でもだからいいんだよ。今までがこうだったから、とか関係ないもの。

—そういう方ではないと、変えるべきことも、なかなか変えられないものですよね。

坂本村長:民間出身ですしね。それにせっかちだから、やるべきだと思ったことは、さっさとやりたいんですよ。学校の木質化も、村長になってすぐ着手したし、コスト削減にもただちに取り組みました。税収が増えることなんて全然あてにできないけれど、子育てをはじめ、必要なところには予算を割かないといけない。だったらコストを減らすしかないですからね。

—はい(笑)。簡単におっしゃりますが、そんなに簡単ではなかったはずですよね。

坂本村長:もちろん、難しいことはたくさんありますよ。でも、つまらないことにとらわれなければいいの。いかに効率の良い行政を行うかをね、ちゃんと考えればいい。変なことがまだいっぱいあるわけです。国の補助金を返したくないから、3月になると恒例のように予算消化のために躍起になるとかね。そんなのおかしいでしょ。「余ったら返せばいい」って言いましたよ。

—あはは。

坂本村長:だって、3月になってから唐突に、要るんだか要らないんだかわかんないようなものを買うなんてことはナンセンス。そんなことするくらいなら返せばいいって言ったら、翌年からきっちり計画するようになりました。できるじゃないかと(笑)。民間なら当たり前でしょう。

—痛快ですね。先ほど、子育てという単語が出てきましたけど、なにか独自の取り組みがありますか。

坂本村長:子育てにはお金がかかりますから、手当をいろいろ設けています。1人目から3人目まで、スライドで増えてゆく出生祝い金、おむつやミルク代は半額、通学バス代を村が負担、中学2年生になると、希望者は全員、オーストラリアにホームステイしてもらうなんていうのも。これも全額村が負担します。

—すごい!

坂本村長:保育料や給食費も、半額負担するのですが、利用者には、毎月ひとまず全額払ってもらうの。6ヶ月単位で完納すると半額戻す、つまりキャッシュバックのシステム。これは檜原村独自のやり方として始めたのですが、効果てきめんですよ。どこの自治体も未納が多くて悩んでいるんですけど、うちの村にはそれがない。

—おお…!

坂本村長:このシステム、いろんなところに応用できますよ(笑)。

喫茶コーナー

殺風景だった(らしい)役場のロビーを喫茶コーナーに改装。坂本村長のアイデアで、やり手もないのにやることにして募集をかけたら、長年銀座で喫茶店をやっていた方が手を挙げたそう。

リスクを先に考えない。恐れないことが大事

—なんだかほかにもいろいろ出てきそうですね(笑)

坂本村長:役場の職員からアイデアを募って表彰するなんてこともしています。自分の村を誇りにできるようになりそうなアイデアを出してもらうの。村長、教育長、助役が1万円ずつポケットマネーから出して商品券を買って。村長がどんなに頑張ったって、ひとりで考えられることなんて知れてるけれど、50人もの頭脳があれば、いいものも出てきますよね。婚活のアイデアも出てきたよ。そういうことをしていると、職員にも主体性が生まれて、活気が出てきます。

—本当に柔軟な…(笑)。坂本村長が、行政にそうした斬新さを持ち込むことができたのはなぜでしょう。

坂本村長:それは簡単。政治家は次の選挙のことばかり気にして守りに入るからなんにもできなくなるんですよ。私はいつも引き際を考えている。ものごとからは逃げないことが大事です。それから、半歩先を行くことを考える。性格的なものも手伝ってはいると思いますけどね、食べず嫌いはしません。変わったものも一度食ってみる。リスクを先に考えるとなにもできませんから、とにかく、恐れないことです。

—そういう姿勢が貫かれていると、職員の皆さんもある種ドキドキですが(笑)、一方では安心して邁進できますよね。現に良い方に変わってきていることもあるのですものね。

坂本村長:いやぁ、「たまったもんじゃない」って職員もいると思いますけどね(笑)。ただ、素晴らしいIターン者にも恵まれて、外からの刺激も受けながら、いきいきやってくれてる人もいますよ。

ひのじゃがくん

檜原村の「ひのじゃがくん」。ゆるキャラブームを遥かに先んじ、1991年に誕生。公式ツイッターもある。

新しい人たちと、タッグを組んで

—全国で注目の集まっている町村は、ほぼ例外なく、IターンやUターンの人たちが地元と共に頑張っていますよね。

坂本村長:お陰さまで檜原村もそうです。これは本当に喜ばしいこと。今がチャンスだと思っているんです。そして同時に、チャンスは二度とこないものだとも。うちは2004年に、周辺のどこよりも早く光ファイバーを整備しました。なんでも後手に回ったらいけない。これから、さらに若者を増やせるよう働く場をつくりたいです。

—どのような方面に力を入れてゆかれたいとお考えですか。

坂本村長:檜原村は東京にあるでしょ。都会にとって必要な、心と体が元気になる場所として存在感を示したい。森林と清流は都民の財産でもあります。木は前の世代の人たちが汗をかいて育ててきたもの。檜原村では、村が補助して木材を搬送しやすくするなど、行政としても林業の後押しをしてきていますが、森や木の効用が学術的にも認められつつある今、新しい人たちと共に新しいアイデアで商品開発をし、新しい需要を開拓することに取り組みたいですね。

—坂本村長がおっしゃると、できてしまう気になりますね。

坂本村長:村長としての私の先は長くないけど(笑)、いつも思っているんですよ。私は箱根駅伝の一ランナーなんだって。いかにいいポジションで襷(たすき)を次に渡せるかが勝負。自分が渡された襷をしっかりと握って、渡されたときよりもひとつでも前に進められるよう頑張るのが仕事です。

坂本村長

坂本村長は、役場のウェブサイト上に、毎月「村長あいさつ」としてメッセージを出している。意見や質問も受け付けており、直接回答するそうだ。

檜原村のじまんの人 青木亮輔さん (株)東京チェンソーズ代表
青木さん

昭和51年、大阪に生まれる。東京農業大学農学部林学科の在学時から探検部での活動に熱を上げ、チベットでのメコン川源流確認など、本格的な探検を行った。卒業後2年目の就職氷河期にやっと営業の仕事に就くも成績が上がらず辞め、高齢化の進む林業に目をつけて檜原村森林組合に転職。2006年に独立し、異色の林業ベンチャーとして注目される。著書に「今日も森にいます。東京チェンソーズ」(徳間書店)

僕は林業会社を興しましたが、もともと林業は、いわゆる会社員が性に合わなかった自分が、仕事に困って目を向けた道でした。足を踏み入れてみて、これほど素晴らしい仕事はないと思ったので、自分のためにも、同じ志を持つ若い人のためにも、林業を続けられる環境をつくりたくなったんです。檜原村に来たのも偶然のようなものですが、東京にこんないい村があるのかと感動しました。そこまで荒れた山がないし、村の一斉清掃のときにもほとんどゴミがない。これは住まう人たちの心意気だと受け取っています。あとから聞くと、すぐに辞めて村を出て行くと思われていたらしいですけれど(笑)、この村に受け入れてもらい、ここで会社にした以上、利益を上げながら地元に必要とされるようになりたい。自分の力で日本の林業を変えるのは難しくても、檜原村の、東京の、林業を良くしてゆくことはできるかもしれないですから。

編集後記

通された檜原村役場の応接室は、坂本村長が入っていらしたとたん、居酒屋に変わったかと思いました。のっけからノリに圧倒され、イベント会場のステージでオカリナを奏でる村長の映像まで見せていただき、「いっそ村の紹介ではなく村長の紹介にしましょうか」と、こちらから言い出すまでに。かなり笑わせてもらいましたけれど、お読みくださった方にはおわかりになるように、もちろんそれだけではなく、とても尊敬できる村長率いる檜原村なのでした。「じまんの人」、東京チェンソーズの青木さんが、これまた(見た目も中身も!)たいへんかっこいい。独特の、余分な混じり気のない澄んだ印象を与える方です。
都市では、地元にはたまたま住んでいるだけで、「○○区の住民」などのアイデンティティを意識する人が少ないと思います。そのすべてを否定することはしませんが、地域住民としての主体性を持たない根無し草的なありようを、対比としてまたも感じた檜原村での取材でした。(2014年9月取材)

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