キラリと光る会社
生活も仕事も大切に。助け合いながら働く女性たちが、『キャラいも』を宮崎から世界へ

株式会社イート

イートは、食品会社未経験の女性が2014 年に3人で始めた、宮崎市の会社です。小さくカットした地元九州産のさつまいもをキャラメルコーティングした『キャラいも』が、発売開始後すぐにヒット商品となりました。会社のあり方、働き方へのこだわりも、商品に対するそれと同じくらいに強く、「個々の事情を尊重し合いながら長く働いてほしい」との経営者の考え方を実践中。約20名のスタッフのほとんどが女性の明るい職場です。社名のイート(e-to)は、食べる「eat」と「good」の意味の方言の「いーと」の掛け合わせだそうです。
キラリと光る会社第41回は、イート代表の木原奈津子さんにお話をお聞きしました。

イート公式サイト

立ち上げ早々話題になり、生産に追われた

—イートは「主婦3人で始めた会社」とありました。

木原さん:そうなんです。元々3人とも、私の夫が経営するマーケティング会社に、私がライター、他2人がデザイナーとして働いていました。いろんな会社の商品を、売れる要素を満たすものにブラッシュアップしようと取り組む仕事に携わる中で、自分たち独自の商品をつくってみたくなったのが立ち上げの動機です。

—最初から「キャラいも」を。

木原さん:商品開発の直接のきっかけは、居酒屋で食べた素揚げのさつまいもでした。夫が好きで注文したんです。バターが添えられていて、シンプルながらおいしかった。安心して口にできる商品にしたいというのは最初からあって、あとは経験から、完全にマーケティング目線です。さつまいもなら宮崎でもいっぱいとれるし原料として安定していることと、あまり嫌いな人がいない食材だということで、無理なく実現できそうだと踏んだんです。そういうわけで、自宅のキッチンで試作することにしました。

—ご自宅のキッチンで。

木原さん:いろいろ繰り返し試すうち、いまのキャラいもに近い形のものができました。試食で評判がよく、これでいこうと思いました。

—製造には、設備投資も必要でしたよね?

木原さん:未経験でしたし、最初から大きな投資はできず、自宅や食品開発センターの試作室で試作を重ねました。その後、フード・オープンラボという、県が所有する、試作・開発用に二週間レンタル可能な工場施設でさらに試行錯誤した末に、試験販売まで漕ぎ着けたんです。それが、発売するやニュースに取り上げられたこともあって、たちまち生産が追いつかなくなりました。

—まさにうれしい悲鳴、でしょうか。

木原さん:本当にありがたいことではあるのですけど、心の準備もないままで。それから、元ほっともっとの店舗を賃貸することにして、そこで生産を始めました。まもなく、今度は「ANAのCAさんがお客さまにオススメしたい商品」のナンバーワンとして、期間限定で機内販売していただけることになり、いよいよ怒涛のような日々に突入しました(笑)。

—すごいですね!法人化が2015年で?

木原さん:2016年の年明けには機内販売を始めたいとのお話で。ほっともっと跡地の賃貸工場を稼働させた2ヶ月くらい後でした。機内販売のためには、事前に非常に厳しい工場監査があるんですね。それに対応するのも大変でしたが、生産も3倍以上に増やす必要があって、もう、私たちに本当にできるかどうか、眠れなくなるほど不安でした。

—慣れる間もなく、ですもんね。スタッフの方は?

木原さん:そのとき全員で13人、ANAで採用されたニュースに、ぴょんぴょん飛び上がって喜んで、やる気になってくれたんです。それを見て私もすごく嬉しくなりましたけど、みんな主婦で家庭があるので、さすがにこっちを優先してくださいとは言えなかったんですね。なのに全員が、なんとかやりくりして最大限働いてくれて。あのときのことを思い出すと、いまでも涙が出ます。本当にありがたかったです。

—無事にやり切った。

木原さん:はい。緊張の日々から解放されて、心からホッとしましたし、自信になりました。

木原奈津子さん

「昭和の男性とは違うやり方」で、30年続く会社を

—それにしてもこれ以上ないほどのスタートを切られたようですが、元々どんな会社にされたいと思って創業されて、どういう方針でいまにいたるのでしょう。

木原さん:私自身、働くことが好きだったんですね。キャラいも開発時には娘がまだ赤ちゃんで、ただでさえ追いかけられるような毎日でしたが、仕事はどんな形でもずっと続けるつもりでした。生活と経済は両輪で、豊かになるために両方が必要とかねて考えていました。経営者になりたかったわけはないんです。でも、昭和の男性とは違うやり方の会社にしたいとは思っていました。売り上げを急成長させることではなく、働く人が、生活も仕事も好きで、どちらの充実も感じながら働けるというあり方のほうに挑戦したかった。30年続く会社であれるよう、そのための成長はしたいと思っています。

—30年。

木原さん:幸い定着率が高いので、このままみんなに長く働いてもらって、みんなの定年を見届けたいんです。娘の時代には変わっているといいのですけど、地元では女性が働く場所はなかなかないんですね。みんなができるだけハッピーに働ける場所として、私が担えるうちはやるつもりです。

—なるほど、だから30年、みなさんが無理なくできるやり方で続けられたいと。

木原さん:はい。誰だって何がしかの理由で仕事を休むことがありますよね。産休や育休もそうですし、自分だけでなく家族の体調だったり。そういうとき休む人の代わりに誰かの負担が大きくなって、それが休む人にも負担になるって、よくあるじゃないですか。うちは、会社や仕事のために誰かの生活を犠牲にすることはしないと決めたんです。休んだ人の分の穴埋めに腐心するのではなく、仕事、つまり製造量を減らすことにしました。キャラいもは日持ちのする商品なので、調整しやすいですしね。

—あぁ、それは、経営者としてなかなか思い切れることではないと思います。つくればつくるだけ売れるんですもんね?

木原さん:そうなんですけど、目先の売り上げより気持ちよく働けるほうが大事ですから。むしろそうでないとやっている意味がないと思ったんです。

バリエーションが楽しめる『キャラいも』は、芋けんぴをリッチにしたような、あたらしくも親しみある味わいで、表すなら「転校してくるなりクラスの人気者になった誰にでもフレンドリーな子」みたいな(笑)。開けたが最後、止まらなくなるので危険!

工場内には、さつまいもの甘〜い香りが漂っていた。

経営者として、スタッフの成長を見ることがご褒美

—「昭和の男性とは違うやり方の会社にしたい」を実践されていて、すごく共感します。九州だからよけいに、という先入観もあるかもしれませんが、それだけ覚悟を持っておやりになっていても、女性だというだけで、趣味でやってるとか言われることはありませんか。

木原さん:ありますあります!うちなんてほぼ女性だけの会社ですから、なおさらナメられがちといいますか。やっぱり保守的な地というのもあって、私にも、「ご主人がいるから安心ですね」などとわざわざ言ってくる人がいます。

—ほんと、ため息が出るほどに、まだまだ男性社会ですよね。でも、キャラいもの躍進もさることながら、スタッフのみなさんの明るさを見れば、経営者としてしっかり実現なさっていることがすぐにわかります。

木原さん:明るいですよね(笑)。先ほど、この地域には女性の働けるところがないと言いましたけど、うちのスタッフにも、特に氷河期世代と呼ばれる年代には、正社員で働いたことのない人が少なくありません。それに加えて、賃金が男性より低いことや、責任ある仕事が任されにくいことが、当たり前であるかのように刷り込まれているんですよね。受け身な形でしか仕事に関わってこなかったことから、自己評価が低くなりがちなんです。だけどもちろん、能力がないわけじゃない。みんな、自分たちがつくったものがお客さまに喜ばれることで自信をつけたり、使命感がモチベーションになったり、変化していくんですね。

—あぁ、わかります。社会で力を発揮して評価される機会が乏しかったことで、「自分には何もない、何もできない」って、思っちゃってるんですよね。

木原さん:そうなんですよ。実際には、みんな優秀で、本当に助かっています。それに、スタッフの成長する様子を見ることができるのは、私にとってご褒美のような、一番のやりがいになってますね。

お顔があまり見えずとも、雰囲気は伝わるかな。とにかく明るい現場だった!

夢があるから輸出を強化!みんなで良くなっていきたい

—足掛け10年、ご苦労もたくさんあったと思いますけど、ご立派です。これからも会社を守っていくために、あらたに考えていることはありますか。

木原さん:輸出の強化ですね。キャラいもの原料のさつまいもが、病気の蔓延で収量が減ったのと、ここ数年さつまいもスイーツが流行っているのとで、高騰しているんです。次なる商品の開発にも、ずっと力を注いではいますが、なるだけ地元の原料で、安心して食べられるおいしいものをと考えると、新商品はそうそう出せるものではありません。原料高に応じて価格転嫁するのも勇気が要ります。その点、海外に対しては、別の付加価値を感じてもらえて、ある程度高価格でも可能性がありますよね。現在も10カ国くらいに出していて手応えは得ているので、特に北米を本格的に狙っていきたいです。

—いいですね!日本のさつまいもって確かに違うし、キャラメルの甘さとか、あちらの人も好きですよね。

木原さん:そうなんですよ。うちの場合、大企業と違って取引のための信用の裏付けみたいなものがないので、現在JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)さんに協力してもらいながら、規制をクリアしたり、関連の認証を取得したり、難儀ながら進めています。細い光だけど見えてきた感じです。

—未経験のことも、ご自分たちでやっていかれるんですもんね。

木原さん:それの連続で。今回も大変には違いありませんけど、頑張る価値があると思ってます。夢がありますよね。

—製造業の現場って、稼働が多くなる話が舞い込むと忙しくなるばかりなので、「またか」ってうんざりされるから、営業担当が気を遣うって、結構あるあるだと思うんですよね。ここでは、生活を犠牲にしないという方針がおありなので、みなさん安心していらっしゃるのでしょうね。

木原さん:そうですね。残業もほとんどありませんからね。年間収入が一定額を超えたくないパートの人もいて、お金だけで還元するのはむずかしいというところもあるのですけど、利益が出たらみんなで喜べるよう環境を整えたり、お返しできるよう、これからも工夫してやっていきたいと思います。

—木原さんご自身は、いわゆる社会的成功に興味を持ったことはありませんか。

木原さん:ははは。だって、自分だけのそういう欲に向かっていくのって、あまりにちっぽけじゃないですか?みんなで良くなっていくことのほうが大きな目標になります。ここに工場をつくって、そのために借金もしました。自分だけのためにそんなリスク背負えませんよ。

イチオシ イートのじまんの人 佐藤彩香さん

2018年に入社、製造担当。「弊社はそれぞれのポジションで全力を発揮してくれている有能なスタッフばかりで、仕事ぶりの観点からだと一人でも三人でも選ぶのが非常に難しいです」と、このコーナーの人選について悩まれた木原社長が、「ひとりの女性として、多くを経験されてきた人」として推薦されたのが佐藤さんでした。5人のお子さんのお母さんであるのに加え、介護と看取りも経験されたという方です。

ママ友の紹介で働き始めました。5人の子どもがいますが、育児に専念はできないタイプで(笑)、迷惑をかけながら融通を利かせてもらって続けています。子育て経験者が多いのもあって、理解してもらえることが嬉しくて、こうして話すだけで涙腺がゆるみます。去年、自宅で義理の母を看取りました。孫もいる我が家で、家族の時間を過ごさせてあげたかったんです。夫が介護職なのでできたところもありますけど、職場で、社長をはじめ、みんながなにかと気遣ってくれて、とても助けられました。工場というと黙々と作業するイメージかもしれませんが、ここは人ならではのあたたかさがあって、明るい環境なんです。働いてみんなに出会えて、社会との接点が持てて、本当によかったです。

編集後記

鹿児島と宮崎で、本サイトの取材3件、全員女性の社長さんでした。業種も個性も異なりますが、お話には共通点があり、お聞きしながら「やっぱりもっと女性が増えないと!」という思いを強く強くしました。努力あって成り立っていることは間違いありませんが、共感する人はきっとたくさんいるし、こういう会社が増えていい、増えてほしいですよね。工場にお邪魔するにあたっては、ルールに従い着替えたり、何度も消毒を重ねるなど厳重な対策をしたりして、ちょっと緊張していた我らですが、足を踏み入れてみれば、そこは本当に明るい雰囲気でした。和気あいあい、ほとんどお顔が見えなくても、笑顔とわかりました。声を掛け合いながら連携して、手際よく進められる作業。甘く立ち上るおいしいにおいと相まって、空間が、目に見えぬ良いものに満ちていました。こういう工場があるなんて!(2023年11月取材)

ページトップへ