キラリと光る会社
食べる人にも、働く人にも外食の楽しさを。愛媛の小さな駅の駅前で、100周年を迎えたレストラン

マルブン株式会社

大正12年(1923年)大衆食堂に始まり、愛媛県西条市、伊予小松の駅前で100周年を迎えたマルブン。イタリアンをベースにしながら、王道のそれとは異なる親しみやすい料理を提供し、地元で愛され続けるレストランです。松山市を中心に、ピッツェリアなどほかに4店舗を運営するマルブンは、地産地消を目指すレストランでもあります。食材を提供してくれる人たち、そして働く人たちとの関係を重視、おいしさや接客にこだわるだけでなく、外食産業をもっとやさしい業界にしたいと取り組み、挑戦を続けています。
キラリと光る会社第39回は、マルブン代表の眞鍋一成さんと、人財育成室マネージャーの小山純さんにお話をお聞きしました。

マルブン公式サイト

大衆食堂から移行。アルデンテを出したら「硬い」と言われ

—100周年、眞鍋さんで5代目となるんですね。飲食でも、和食や和菓子屋さんですとかには老舗が多いですが、珍しいですよね。

眞鍋さん:そうですよね。小さなまちで、よく続いたと思います。

—「マルブン」の由来はなんですか。

小山さん:創業者が眞鍋文吉(ぶんきち)で、昔はよく、名前の一字に丸をつけて屋号表記していましたよね。あれだったようです。

—あぁ、あれですか!確かにありますね。なおさら歴史を感じます。でも最初はまさかイタリアンベースではなかったわけですよね。

眞鍋さん:はい。おでんとかうどんとかを出す、普通の、まちの大衆食堂でした。イタリアンは、現会長である父がフレンチを学んだ後に、地方でフレンチはむずかしいであろうと見越して、修行先にイタリアンを選んだことに始まります。修行先のレストランは広島だったのですが、地元に戻って家業に取り入れるなら、正統派イタリアンでいくのは、これもやはりむずかしいだろうと考えていまのような料理になっていきました。

—いただいてみると、確かにイタリアンというには違うけど、いわゆる洋食屋さんとも違うし、でも日本人にはどこか親しみやすい料理ですよね。

小山さん:「マルブン料理」と言ったり言われたり、です。正統派イタリアンではないけれど、先代もアルデンテにはこだわりました。食堂から業態を移行したころには、お客さまに「硬い」と言われたそうです。「硬い」と言われると「すみません!」と謝って、次もアルデンテで出し、また「硬い」と言われて「すみません!」と謝ってはその次もアルデンテで出して、とやっているうちに、定着していったという(笑)。

—あはは。お客さんが慣れてくれたんですかね。

眞鍋さん:バブル期にあった“イタめしブーム”で、都会では本格派のイタリアンが広く浸透してきたころだったのですけど、この辺には遅れてやってきたといいますか。それ以前は喫茶店の炒めたナポリタンが基準だったのが、だんだんアルデンテをはじめ、本来のイタリア料理の食べ方が受け入れられるようになってきたんですね。

小山さん:多くのお客さまの嗜好に合わせて「どうしたら喜んでもらえるか」の試行錯誤はもちろん大切にしていまして、いまも継続していることです。こちらから押し付けるということはしませんが、「ここではアルデンテはダメだ」ではなく、きっと早晩歓迎してもらえるようになるという感触があったんですね。

—実際、受け入れられていまも続いていますもんね。

眞鍋一成さんと小山純さん

生産者さんを含め、地域全体でよくなりたい

—お客さんもですが、食材を供給する生産者さんも含めて、地域を大事にしようと取り組んでいらしたんですよね。

小山さん:はい。産地や食品の偽装問題が相次いだ時代を経て、トレーサビリティの概念が広がったり、誰が作った食材なのかも、いまでこそ注目されるようになってきましたけど、うちはかなり早い段階で生産者さんと直接の取引を始めていました。これ以上出どころがはっきりした食材はない、というものがほとんどです。地域全体でよくなろうと、通常の流通に乗せる場合より高く買い取って、かつ、先方に無理がかかるので安定供給を約束してもらうことはせず、不作なら別のもので補う形でこちら側が対応するやり方をとっています。

—それは生産者さんには、本当に助かるでしょうね。

小山さん:あちらも安心してくださって、現在は愛媛県内で約200の生産者さんとおつきあいしているものですから、仕入れはほぼ地元でまかない切れます。天候の関係で特定の野菜などの値段が市場で高騰しても、値上げせずに卸してくださるなど、こちらも助けられています。

眞鍋さん:かつて会長が、東京の星付きのレストランで食事をしたときそのおいしさに感激して、お店の人に食材の産地を尋ねたそうなんです。そのいくつかが愛媛で、ハッとしたらしいんです。灯台下暗しというか、地元の宝に気づいていなかったと。環境面での優位性もありますし、地産地消に取り組むメリットは大きいですね。

—生産者さんも、地元のレストランで使われるのはきっとうれしいですよね。

眞鍋さん:自分で食べにいらっしゃる生産者さんもいます。たまごの仕入れ先の方が来店されて、たまご「倍のせ」を注文されたり。

—売るほどあるのに(笑)。

眞鍋さん:そう、売るほどあるのに、倍のせにして召し上がって、満足されたようです(笑)。

—なんだかうれしいお話ですね。お店には常連さんも多いのではないですか。

眞鍋さん:多いです、多いです!ありがたいことに、代々、というお客さまもいて、子どものころからご家族といらしていた方が、大人になってご自分のお子さんといらしたりと、お客さまのファミリーヒストリーをご一緒している感がありますね。あと、お客さまとしてだけでなく、成長してバイトで入ってくれた方もいます。

看板メニューの「愛媛西条ナポリタン」と「大正デミグラススパゲッティ」。前者は西条市の名物「西条てっぱんナポリタン」のマルブン版で隠し味にみかんジュースが使われているそう。後者は、マルブン創業100周年&松山大学創立100周年「記念コラボパスタ」で、100年前をイメージして考案されたメニュー。どちらもおいしく、また食べたい!別のものも食べてみたい!

「大学出が就職する先としてはね…」と言われて、燃えた

—子どものころから親しんできたお店で、バイトする。

小山さん:10代でバイトしてくれていた方が、ご自身がお母さんになってから、「忘れられない」と戻って来てくれた例もあります。

—そうか、そういう場所なんですね。帰省されたときに来店される方も多いのではないですか。

眞鍋さん:それもすごく多いです!

—それもうれしいですね。働く人のエピソードもたくさんありそうです。

眞鍋さん:自分が店長をやっていたとき、いわゆる引きこもりだった子がリハビリ的に働いてくれたことがありました。コミュニケーションが苦手ということでしたけど、頑張ってくれて。こちらも勉強になって、ありがたい面が多かったです。まちを出て都会で働くようになってから、「食べたくなった」と、うちの商品を通販してくれたんですよ。

—それは、相当マルブンのことが好きですね(笑)。

眞鍋さん:そうだと思います。本当にうれしいです。

—飲食業には大変なことも多いと思いますが、こういう直接的な喜びに触れられる機会がとても多いですよね。私も若いころいろんなバイトをしましたけど、飲食店が一番好きでした。

小山さん:そうなんです。努力した結果がその場で返ってきますし、人と人を結びつける、対人間の仕事なだけに、喜びも大きいんですよ。昨今、業界全体が慢性的な人手不足で、うちもご多分にもれず…、なんですね。キツいとか、安いといったイメージがついてしまっていることもあって。私は人事も担当していまして、以前ある大学の先生と、学生さんの就職先のお話をしたときに、「(飲食業は)大学出が就職する先としてはね…」と言われたことがあるんです。忘れられません。

—確かに、業界の体質であるとか、働く人への待遇については、改善しなくてはならないところがあるのは事実だと思うのですが、利用する側としても飲食店が好きで、なくては困る者のひとりとして、その先生の言葉ちょっとすんなりはいただけませんね。

小山さん:あれを聞いて、燃えたといいますか。うちは先代が修行中に、飲食業の悪しき厳しさみたいなものの洗礼を受けたこともありまして、働きやすさにも長く取り組んできたんですね。でももっと、さらに満足できる職場づくりをして、「就職してよかった」「ここで働き続けたい」と思ってもらえるようにしたい、見返したいと思いました。

JR四国予讃線の小さな無人駅、伊予小松駅の駅前にあるマルブン小松本店。

外食にとらわれず、しあわせな食卓をつくることを見すえて

—具体的には、どんな取り組みをされていますか。

眞鍋さん:給与や休みなど待遇面を見直し続けると同時に、価値観や理念の共有に力を入れています。楽しみながら気づきを得らえる研修も豊富なほうだと思います。育成においては、裁量を持たせて自主性を活かすポリシーです。会議でも遠慮せずに発言してもらって、現場からの提案を反映しやすくして、数字も経営側だけが把握するのではなくすべてオープンにして、どの立場の人であっても参画意識を持てるようにしています。その上で、個々のスタッフに数字を追わせることはせず、お客さまにどう喜んでもらえるかに集中しながら働いてもらいます。それから、スタッフ同士がフラットな関係の中で感謝し合って働けるよう、キッチンだから、ホールだからと分けることもうちはしません。キッチンスタッフがホールに出ることもあります。

—なるほど。キッチンも、ホールから、つまりお客さんから見えるようになっていますもんね。それにしても、裁量を持つって、本当に大事ですよね。やらされ仕事は何をやってもキツイものですし、それが続けばやりがいを感じることがむずかしくなります。

小山さん:人手不足の業界ではありますけど、うちは入社するのも簡単ではないですし、入社してからも、何のために仕事をするのか問い続けていきます。その意味では厳しさもありますが、お客さまが喜んでくれることを探し続ける正解のなさの中におもしろみや醍醐味を感じてくれるスタッフ、理念に共感してくれるスタッフが増えてきました。自主性を伸ばせる環境が、やりがいを育てることにつながっていると実感しています。

—人手不足もですし、コロナだったり、物価高だったり、外食産業は向かい風が続いていますよね。

眞鍋さん:そうなんです。でも、コロナ禍は、いろんなことをゼロベースで、腰を据えて考える機会になったと、いまは前向きにとらえています。ITやAIの活用構想も、ずっと持っていましたが、コロナを機に、一気に進められました。値上げについては、これは我々にとってすごく怖いものなんですね。でも、質を落とすことはしたくないので、やむをえない値上げの判断をする場合には、きちんと説明して理解を得たいと思っています。

—お店に行って、「あぁ、ここも値上がりしたな」って、ちょっとがっかりすることはありますが、次の瞬間には「仕方ないよな」と思い直します。生産者さんとか、お店とか、どこかにだけ集中的に皺寄せがくるやり方より、少しずつ負担した方がいいよなって。好きなお店なら、「頑張って!」って思います。これが質が落ちてのがっかりだと、もう行かなくなりますもんね。

眞鍋さん:ですよね。うちも応援してもらえるような店であり続けたいです。マルブンは、ずっとチャレンジしながら残ってきたので、これからも時代に合わせて、食という大枠の中で、変化を恐れずあたらしい価値を生み出せるようチャレンジしていくつもりです。これからは、外食でも、家でもオフィスでも、どこであろうがしあわせな食卓をつくるお手伝いができるようなマルブンでありたいです。

イチオシ マルブンのじまんの人 小山純さん

2001年に新卒入社。執行役員 人財育成室マネージャー。親族以外で初めて女性幹部となった小山さんは、「前社長時代から、マルブンの理念を誰よりも理解してくれている」と、現社長の眞鍋さんも非常に頼りにしている存在。高校生のとき、家族で訪れたマルブンで接客してくれた女性(現常務の奥さま!)が素敵で、また、洋食を外食するたびにしていた、のちに添加物が原因ではないかと思い当たった胸焼けを、ここではしなかったのがうれしくて、それも入社を希望するきっかけになったのだそうです。

大学に行くには少し厳しい経済状況だったこともあって、商業高校を卒業したら働こうと思っていました。勉強したいことが見つかったときには、自分で貯めたお金ですればいいと考えたんですね。事務には向いていないと思ったので、外食もいいかなぁと。集団面接のとき、現会長に「女性が活躍する環境」と聞いて心惹かれました。店舗のスタッフとして働いて、たくさんのことを学びましたが、店長になりたかったわけではなく、目標が見えずに辞めどきを考えたこともあります。ちょうどそのころ、あらたな部署ができるに伴い、声をかけてもらって。マルブンには、誰かの役に立ちたいというマインドをつくってもらったと思っています。この会社が大好きです。

編集後記

マルブン小松本店、「これぞローカルファミリーレストラン」と思いました。老若男女、ちびっこからお年寄りまでみんなウエルカム!と言わんばかりの豊富なメニューと、明るくあたたかい店内。活気あるランチタイムには、きびきび動くスタッフと、笑顔で会話しながら食事する人たちが成す、絵に描いたような外食の楽しさが目の前に広がっていました。二人でシェアして食べたスパゲッティは、人がちゃんと作ったとわかるおいしさで、「これでいい、これがいい」と思う味。イタリア料理のうんちくを語りたい人以外なら(笑)、誰もがそう感じるのではないかと思える日本のスパゲッティでした。近所にあったら飽きることなく通うでしょう。小山さんのような聡明な女性が、長く働き、きちんと出世する、そんな会社としての誠実さも、おいしさに無関係では、きっとありません。(2023年9月取材)

ページトップへ