キラリと光る会社
自分らしくあれる仕事と組織を。ロープを使って道なき道を行く

日本空糸株式会社

自然と共に自分らしく生きたいと考える代表が、2015年、地元岩手県一関市に仲間と立ち上げた会社にして「ロープアクセス」による調査・点検の東北におけるパイオニア。橋梁や道路、ダムなど、アクセスしづらくも目視で点検と調査が必要なコンクリート構造物を対象に、ロープを使って移動しながらそれを行います。文字通り道なき道を行く常で、経営には苦労したそうですが、2023年になり「やっと軌道に乗ってきた」。地方の若者が簡単に地元をあきらめるでなく、好きな場所で自由に働けるモデルをつくりたいとの思いで行き着いたという事業。社会に良きインパクトを与える存在になりたいと、未来を見ています。
キラリと光る会社第36回は、日本空糸代表の伊藤徳光さんにお話をお聞きしました。

日本空糸公式サイト

インフラの、
安全や品質を下支えする仕事

—御社のサイトを拝見すると、「橋梁点検、道路土工点検、道路防災点検など各種建設コンサルタント系業務をはじめとした様々なサービスを提供しています」とありました。一般にはなかなか馴染みのないお仕事ですが、「各種建設コンサルタント系業務」というのがさらにイメージがつかなくて。

伊藤さん:そうですよね。あまり知られていない職種です。こうした土木系のインフラの調査は通常、自治体など行政が発注元になりますが、受注する側として建設コンサルタント業というのがありまして、僕らはその現地部隊なんですね。現場で目視による点検をして定められたデータを集め、それを発注元に技術提案する元請技術者さんに渡すことで、安全や品質を下支えする一翼を担っています。道路や河川、砂防をメインでやってます。

—なるほど、そういうことなんですね。難所におけるロープアクセスの印象が強くて、点検や調査なら技術的な知見も必要だろうというところまでは見当がつくのですが、あのアウトドア感と“コンサルティング”が結びつきづらかったのです。

伊藤さん:アウトドア感のところでは、よく、ロッククライミングと同じように見られがちなんですよね。一見似てますし、技術面での応用はありますが、こちらはアスリートのような身体的チャレンジではありません。肉体を駆使して極める…なんてやっていたら調査なんてできませんから、終始しっかり頭が働くよう、体力の消耗は最小限に抑えるべく工夫します。手足が常に空いている状態を保つ点も異なります。

—そうか。目的が明らかに違いますもんね。身体の側を頑張らせると本末転倒になるのですね。

伊藤さん:そうそう。クロネコヤマトのドライバーさんは、運転のプロという一面もあるいはあるかもしれませんが、運転技術を極めるのではなく、安全に荷物を届けるのが仕事ですよね。うちも同じで、精度の高い調査が仕事。「命懸けのお仕事ですね」というのもよく言われますけど、それも違って、そうであったなら業務として都度反復するのは無理です。勇気ではなく、理屈でやることなんです。

—だいぶわかってきました。ところで伊藤さんは、事業ありきで起業したのではなく、理想とする働き方、暮らし方、ひいては生き方を考えた先に、ここにたどり着いたんですよね。

伊藤さん:はい。15歳から探して、13年くらいかかりました。

—15歳から!

伊藤徳光さん

地方に「おもしろいものがない」ならつくればいいじゃん

伊藤さん:僕はここ一関の山育ちなんですけど、この辺の若い人が就職を考えたとき、まず盛岡とか仙台、あと東京とかに目を向けることが定番化していて。「ここにはおもしろいものがない」ってなることに反発心がありました。ないならつくればいいじゃんと。僕自身は一関に執着があるわけではなくて、どこであろうが暮らしたいところで働ける道を探ろうという気持ちでした。みんなが当たり前のように地方をあきらめるのを見ていたので、それに異議を唱えられて、かつ、僕自身が求める、人間本位に偏らず自然と共にある生き方がしたいという思いを、どうすれば仕事の形に昇華して実践できるだろうと、ずっと考えていたんです。

—社会の風潮などに対するアンチテーゼ的に。

伊藤さん:そうですね。僕らがやってるロープアクセスでの仕事は「おお、すげぇ」みたいな感じで目を引いて、写真では“映える”し(笑)、社会に貢献できて、若い人の自尊心を満たすところがあると思うんですよね。多少でも憧れられるような部分がないと広がっていきませんから、そこもいいなと感じました。

—でも具体的にはどうやって、このモデルに行き着いたのですか。

伊藤さん:それはたまたまというか。社会人になって数年目に、山の中でロープを使って地質調査をする仕事に出会ったんです。最初は「なにこの仕事!」と新鮮な驚きがありました。その事業を行う京都の会社で働かせてもらううち、自分でも「地元でやりたい」ってなって、3人で起業したんですね。そこの社長さんが懐の深い方で、背中を押してくれました。

—地質の調査だと、いまとは違いますね。

伊藤さん:実はたまにですが、地質調査系の仕事もお手伝いしています。建設コンサルタント業務は21部門あって、地質もそのうちのひとつなんです。地質以外の橋やダムなどにも広げていけたのは、土木インフラの点検要領がオープンになっていたことが大きかったです。大変なノウハウの集積であるにもかかわらず、誰でも手に取り学べるものとして存在していると知ったときは、すごいと思いました。この社会には、高度な学歴や資格なしでは決して開かない扉もあるし、時代の先端と言われる業界で活躍するには、ニッチなアイデアや飛び抜けたオリジナリティが必要だったりするのに、これは「誰にでも」開かれている。

—土木の専門分野のノウハウが詰まった点検要領がオープンになっているのは、なんとなく意外な気もしますが、そうなんですか。

伊藤さん:はい。僕は子どものころから生きる力を学ぶにはとても恵まれた環境で育って、そこでいまの価値観を培ったのですが、経済面では、「大学には行かせてあげられない」と言われて高専に進んだ経緯があったんですね。学ぼうと思えば自力で学べて専門分野に入っていけるよう開かれているアカデミックな空間というのは、自分にとっての福音でした。僕が頑張れば、チャンスを誰かにも広げられるわけで。

東北では30人程度ではないかというこの仕事。伊藤さんによると、ロープアクセスについてはイギリスが世界をリードしており、職業として確立、認知されているそう。日本空糸で使われる器具類もほぼ欧州製。

震災遺構の崩落した橋を使った公開レスキュー訓練には、約100名の参加者を得た。今後はロープアクセスの技術を観光分野にも活かして、地元一関に資する活動をしたいとも。

起業から8年、
やっと拡大に転じられる!

—いまのお仕事や働き方を広めていきたいと思われているのですよね。働き方では、働く人それぞれの裁量に任せる範囲を大きくしながらパフォーマンスを高めたことが認められて、「いわて働き方改革AWARD2022」の最優秀賞も受賞されました。順調でしょうか。

伊藤さん:いやいやいや!確かに、場所や時間を固定せず、自律して仕事がしやすいよう考えてきました。賞もいただいたりしたので、「順風満帆なんでしょ」とか言われるんですよ。ところが肝心の経営は、激しいアップダウンの繰り返しでとんでもなくて(笑)。

—そうなんですか。それはなぜ?

伊藤さん:最初の計画ミスですね(笑)。半年間は仕事が溢れて人手が足りずに超忙しく、半年間は仕事が途絶えて超ヒマ。経営に立ちはだかっていた季節性の壁なんですが、2023年の春にやっと光明が見えてきました。

—2023年の春って、ものすごく最近ですよね。なにがあったんですか?

伊藤さん:これも縁あって、国交省の仕事もさせてもらえるようになったんです。地方自治体と国では仕事の発注形態が違うんですよ。目視での調査は定期的な実施が定められていて、件数はたくさんあるんですね。ただ、いままで僕らが関わることができたのは地方自治体の管理するものオンリーだったから、仕事の集中する時期が横並びの状態でした。それが、時期が異なる国のものにも関われることになって。少しだけホッと、ですね。

—それはよかったです。ここに来るまで、「激しいアップダウン」に疲れて嫌になっちゃうことはありませんでしたか。

伊藤さん:ありましたありました。何度もやめたくなりました!ほんとに、やっと、本来やりたいことを考えられるところに出てきた感じです。

—さあ、ここから!なのですね。これからどんなことを?

伊藤さん:規模を大きくしたいです。地方に対して良いインパクトを与えるために、人員と資金を入れて、まずはいま持っているものを安定させて。僕に関しては、あたらしいことを考えたり、縁づくりしたりに注力せよとみんなに言われています。もう現場に出るなと(笑)。

—社長として、ですかね。伊藤さんご自身は現場がお好きですか?

伊藤さん:そうですね。僕は元来、研究者とか職人気質というか、黙々と打ち込んで自己完結してしまうタイプで、プレイヤーでいたいところがあります。人の手を借りるのも得意ではないんです。でも、そこは自己改革しないと、結局僕が足を引っ張ることになる。実際引っ張ってました(笑)。やっぱりチーム形成って大事ですよね。自分だけで成し遂げられるとは思えないんで、当然役割分担が必要になります。

—わかっていてもむずかしいですよね。どんなところを心がけていますか。

伊藤さん:「とにかく何でも言ってくれ。言ってほしい」と伝えています。心がけているのは、なんとなくでも言い出しづらい空気はつくらないように、ですかね。「あのとき思ったけど、口に出せなかった」なんて言われることがありましたから。現在7人のメンバーがいるので、僕が気づけないことを気づいたり、僕にないアイデアを持っていたりする人がいるはず。僕ひとつの頭、1CPUより、7CPUのほうが、そりゃあ単純に有利ですもん。心がけている甲斐あってか、社歴とか年齢とか全然関係なく、かなり率直に言われてます(笑)。

—実際に言われてみるとカチンときたりとか、ありませんか。

伊藤さん:ないですね。ゼロとは言い切れないけど、そこは僕の問題として、それこそ僕がなんとかすべきことです。

—えらい!

「人間である自分と動物は同じ個であり自然界の一員」という感覚で育った伊藤さんには、いつか動物と働きたいという夢もある。鷹匠も考えたことがあるそうだ。いまは牧羊にも、災害救助犬にも興味がある。

「命のスイッチを切らなくていい」組織にしたい

伊藤さん:“I”から“We”に変えていかないといけませんからね。でもこれについては、初期の経営計画書に綴ったビジョン…かなり青いことも並んでるんですけどね、自分にとっては会社をやる理由だったので、ここがほかのメンバーの気持ちとズレていたとしたらこのまま進むのはまずいと思って、最近あらためて確認する時間を取ったんです。正直、ドキドキしながらでした。結局僕の取り越し苦労で、みんなちゃんと理解して共感してくれていました。むしろ「いまさらそんなこと確認されなくてもわかってます」って感じであっさり(笑)。

—何よりでした(笑)。

伊藤さん:これまでどこか、不安定なスタートアップにつき合わせているんじゃないかという気持ちから、メンバーに対する遠慮というか躊躇があったんですよね。もっと仲間の思いを信頼しないと、とも思いました。

—規模的にはどれくらいを目指しているのですか。

伊藤さん:当面の目標は20人です。地方の起爆剤となるには、もっとずっと大きくしなくてはいけませんけど、そこで安定させてから次のステップは考えるつもりです。ロープでぶら下がれるからやるのではなく、点検技術の技術者としての職業的地位をしっかり築きたいし、育成にも力を入れて、人間にだからできる仕事のエキスパートを増やしたい。組織としては、登録制のギルド形式もありえるかなと。

—ギルドというと、こうした点検技術者集団が、組合のような組織を形成するということですか?

伊藤さん:そうですね。独創的な会社でありたいし、拡大するにしてもベンチャー気質は残したままで成長したいので、いろんな可能性を探りたいんです。世の中、会社での自分をあきらめている人も少なくないじゃないですか。平日は命のスイッチを切っている状態。社会が、命を粗末にしている感覚を覚えます。僕は、働く人が、命のスイッチを切らなくていい組織をつくりたいんです。

—あぁ、都会の通勤電車でも、みんなスイッチ切ってますね。じゃないと自分を守れないというか。

伊藤さん:そうですよね。別のあり方を体現できるよう、地方から一石を投じる存在になれるよう、頑張ります。

イチオシ 日本空糸のじまんの人 山田陽介さん

千葉県出身。2018年に新卒で入社し、同時に移住。技術部 部門長(構造物部門・山岳部門)。首都圏の大学に在学中、所属していた探検部での洞窟探検で度々岩手に訪れていたという山田さん。代表の伊藤さんともそんな中で知り合いました。探検部の友人にも同業者がいるそうで、同じようなバックグラウンドを持つ人に限っては、「唐突でもない職業選択です」と語ります。趣味はいまも洞窟探検で、「未踏の場所に行くときの、恐怖感と高揚感が入り混じったところが好き」。

洞窟探検では、最終的に地図にして、地元の教育委員会に提出するんです。地域の資料になりますから、測量して地図に起こすときには責任と喜びを感じますね。会社での仕事も共通していて、僕らにしか行けない場所についてお客さんに伝えることができるのが醍醐味ですかね。いかに伝えるかを工夫する面でのやりがいもあります。うちはまだ会社として未熟で未完成、課題も多い一方、つくり上げていくおもしろさがあります。僕は元々、自分がどうしていくかに興味を集中させるタイプですが、そればかりだとあまり成長がないじゃないですか。若い人を育てて会社を大きくする夢を、一緒に見たいと思っています。育成には、現場とは別の能力を要すると思うので、僕にとってあらたなチャレンジですね。

編集後記

自然の中で育ち高専に学んだ伊藤さんには、アウトドアにおける技術と同じくらい化学の心得もあるそうです。すぐに「理系?」と思わせるロジックのみならず、人に伝わる豊かな表現力を駆使できるのは、繰り返し思考し、言葉にしていらしたからでしょうか。自らの経験に根差した、一度肉体を通って出てきた言葉は強いです。「かなり青いことも」とはおっしゃいましたが、ビジョンに共感を得られたのも、だからではないかと推察します。理想を語り続けるには、経営を成り立たせなくてはならず、ゆえになお、あきらめずに語られてきた理想が尊く感じられます。みつばち社が掲げる「small is beautiful」のsmallは単に規模を指しません。日本空糸さんには、「命のスイッチを切らなくていい組織」を、大きく育ててほしいです。ワクワクします。とても、見てみたいです。(2023年6月取材)

ページトップへ